○ショートストーリー”猫井川ニャンのHH白書”

兎耳長、ハシゴから転落する

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こんなヒヤリハットがありましたので、対策とともにご紹介したいと思います。

今日も(株)HHCでは、水道管工事に来ています。
水道管工事は、どんどん進み、掘削して水道管を設置していく作業も、あともう少しで完了というところまで進んできました。

現在、工事をしている場所は、他の埋設物の関係上、少し深めに掘る必要があるので、リーダーの犬尾沢ガウは、全員を集め、作業手順の説明を行いました。

「これから先は、少し深めに掘っていくので、土止め支保工をしながらの作業になります。
 土止めをするので、一箇所あたりの作業時間は長くなるから、1つ1つの仕事はテキパキとやっていきましょう。
 
 それと、今までは浅い場所だったから、特に何もなかったけど、これからはハシゴを使ってください。
 飛び降りたりすると、以前の猫井川みたいに足をひねってしまうから、注意してください。」

今回も、犬尾沢のチームで作業を行う猫井川ニャンは、以前掘削した穴の底に飛び降りて、足を捻ったことを言われ、少しバツが悪くなりました。

「いやいや、あれがあってからは、ちゃんとハシゴを使うようにしてるじゃないですか。」

猫井川は、弱々しく答えます。

「ははは、そうだな。
 保楠田さんも兎耳長さんも、気をつけてくださいね。

 今回も俺がバックホウで穴を掘っていくので、土止めとか、配管は3人で進めていって下さい。

 それでは、今日もご安全に!」

ミーティングは、犬尾沢の号令のもと、解散し、作業スタートです。

猫井川は、保楠田コン兎耳長ピョンとともに、道具を取りに向かいました。

「猫ちゃんは、あの穴で転んだ時は、捻挫したの?」

隣を歩いていた保楠田が、猫井川に尋ねます。

「いや、捻挫までにはならなかったです。
 しばらく動けないし、石も落ちてきて、当たりそうになりましたけどね。
 もし当たってたら、結構やばかったです。」

今となっては、いい思い出という訳ではありませんが、昔の失敗を懐かしく思います。

「まあ、あの時も犬尾沢さんに、めちゃくちゃ怒られたので、無茶はしないですよ。」

「犬尾沢は、怒ると怖いからな。
 俺も気をつけるよ。」

この前2人して怒られたからか、保楠田も少し気を引き締めるのでした。

犬尾沢がバックホウで掘削している間、3人は今回使用する土止め支保工用の矢板を準備します。

ある程度掘れてきたら、矢板を土壁に沿って置いていき、倒れないように打ち込んでいきました。
矢板による土止め支保工は、掘削穴の両サイドに設置していきます。

土止め支保工が終わると、3人は穴の底に入り、作業を行っていきます。

「ハシゴはここに置いておきます。」

猫井川が、ハシゴを準備し、穴の中に設置します。

「いや、猫ちゃん。そこに置いちゃうと邪魔になるから、もうちょっと端に寄せない?」

保楠田が、猫井川に指示します。

「寄せるのは大丈夫ですけど、端の方は結構ぬかるんでますけど、いいですか?」

確かに保楠田が指示した場所は、地面も穴の底も、少し水がたまり、ぬかるんでいます。

「そうか。ぬかるんでるんじゃ、嫌だね。
 それじゃ、なるべく端の方に寄せる感じで。」

その言葉に、猫井川はぬかるむギリギリの場所にハシゴを設置しました。
ここなら足元が緩くなって、ハシゴが沈み込まなさそうです。

3人は、設置したハシゴを使い、穴の底に降りて、床均し等の作業を開始していったのでした。

穴の底で作業しては、地上に戻り、配管の準備をする。
めぐるましく作業を行います。

「ちょっと小便してくる。」

作業を開始して、1時間くらい経った頃、兎耳長が作業の手を止め、2人に言いました。

「ここは日陰で寒いから、小便も近くなるねー」

そんなことを言いながら、兎耳長はハシゴを昇り、仮設トイレに向かいました。

「確かにここは寒いよね。

 もうしっかり防寒しないと、仕事にならなくなるね。」

保楠田もブルっと震えて、言います。

猫井川たちの仕事は、外で行う作業なので、天気や気温の影響はすぐに受けてしまいます。
冬は寒いし、夏は暑い。
これから冬に向かうと、仕事は忙しくなるともに、寒さとも戦う毎日になっていくのです。

「もうヒートテック着て、仕事ですね。」

猫井川は、保楠田に答えます。

「昔はヒートテックなんてなかったから、寒かったよー。
 汗をかいた後なんて、ブルブル震えることもあったよ。」

寒くなる季節を前に、いろいろな話をしていると、兎耳長が小用を済ませ、戻ってきました。

「兎耳長さん、寒いのは大丈夫ですか?」

戻ってきた兎耳長に、猫井川は尋ねます。

「いやー、寒いのはダメだー。
 もう中に3枚着込んでるくらいだもん。」

「えー!もうそんなに着てるんですか?
 逆に暑すぎません?」

兎耳長は、そんな話をしながら、ハシゴを使って降りてきました。

1段、2段と足をかけ、3段目に来た時です。

ツルッ!

ぬかるみを歩いてきたからか、靴底は泥で濡れていました。
これが滑り、兎耳長はバランスを崩してしまったのです。

滑り落ちる兎耳長。
穴底までの距離は1メートルもなく、支える術もありません。

やばい!と、猫井川と保楠田が思った、その時でした。

滑り落ちた足が、地面にたたきつけられる瞬間、兎耳長はすばやく身を丸めながら、見事な受け身を取ったのです。
体全体で衝撃を分散するとともに、しっかり首を曲げて頭に衝撃がないようにしていたのです。

ほんの一瞬の出来事でしたが、それは素人目にも美しいと思えるほどの、受け身でした。

作業服についた土を払い落としながら、何事もなかったように兎耳長が立ち上がります。

「う、兎耳長さん、大丈夫ですか?」

「 というより、今の受け身何ですか?」

猫井川と保楠田は、今見た光景に圧倒されながら、矢継ぎ早に質問します。

そんな2人に、兎耳長は、

「いや、昔、柔術をやっててね。」

と一言だけ答えました。

「え、でも前はボクシングやっていたと言ってませんでしたか?
 それに柔道じゃなくて、柔術??」

猫井川は、以前のことを思い出しながら、聞きます。

「うん。まあ、色々とね。」

謎の多い兎耳長。
普段の緩慢な動かからは想像がつかない、底知れなさを持っています。

猫井川は、兎耳長のさらなる謎に、頭がいっぱいになりつつも、今日の作業を続けていくのでした。

兎耳長は、以前のヒヤリハットのお話で、ボクシングの動きで、吊り荷の激突を避けたことがありました。

その時も猫井川は、ものすごくびっくりしたのですが、今回はさらに驚きがあったようです。

兎耳長さんの過去は、どんなことがあったのか。
今のところ謎です。

さて、今回のヒヤリハットは、ハシゴから落ちるです。
移動式ハシゴは、ありとあらゆる場所で使います。

今回のように掘削穴の出入りにも使いますし、階段のない場所で上下する場合にも使います。

移動式ハシゴも使う場合には、強度の確保や、頭の部分は60センチ以上突き出すなどの注意が必要です。
そして何より、今回のヒヤリハットのように昇り降りする時に滑ってしまうと、即落下になるので、注意が必要ですね。

ハシゴの高さは、高くとも数メートルでしょう。
2メートル以内の上下移動に使用することも、少なくありません。

足場作業などに比べ、それほど高い場所ではないので、仮に墜落しても、大事ないのではと油断しがちです。
しかし、1.5メートルの高さから転落して、脳挫傷になったという事例があります。
ほんの高さであっても、転落となると、被害が大きくなるので、油断なりません。
兎耳長のように受け身が取れる人は、まずいないでしょう。
ほとんどの場合は、そのまま為す術なく、地面に直撃します。

意識して飛び降りた場合は、気持ちに備えがあるので、衝撃に対応できます。
ところが、全く不意に転落となると、気持ちも体も準備ができておらず、衝撃によるダメージを丸ごと受けてしまい、思わぬ怪我に繋がります。

今回、兎耳長が転落した原因は、靴底が泥で濡れており、踏さん(足を掛ける横棒)から滑ってしまったことです。
踏さんに滑り止めがついているものもありますが、濡れてしまったりすると、どうしても滑りやすくなるのは避けられません。

掘削作業などでは、穴の底に水がたまったりするので、どうしても昇り降りで、ドロドロになります。
ハシゴを汚れる度に清掃するわけにはいかないでしょうから、滑る事故を防ぐには、なるべく濡れていない場所にハシゴを置くなどの工夫ができますね。

さて、これらを踏まえて、今回のヒヤリハットをまとめてみます。

ヒヤリハット ハシゴの足掛けが泥で濡れており、滑って転落した。
対策 1.ハシゴは乾いた場所に設置し、足掛けが濡れないようにする。
2.踏さんにすべり止めがついているハシゴを使用する。
3.昇り降りにの際、踏さんはつま先ではなく、土踏まずで踏むようにする。

踏さんの昇り降りの仕方で、滑り落ちは防ぐことができます。
つま先だけをかけていたら、ツルッと滑りやすいですが、足の裏の真ん中なら、滑るおそれは少なくなります。
少し意識するだけでも、ハシゴの落下事故は防ぐことができるのです。

移動式ハシゴや脚立を使った昇り降りは、業種を問わず、当たり前のように行われます。
高い所に移動するのですから、常につきまとうのは転落することです。

それほど高くないので、大きな事故にならないと思い、油断してしまいがちです。
死亡事故となると少ないでしょうが、転落して骨折や捻挫などは、起こり得ます。

怪我をして一番痛い思いをするのは、自分自身です。

ハシゴから滑ったなどのヒヤリハットを持つ人も少なくないでしょうから、ヒヤリハットのままで治め、怪我にならないようにやりたいものですね。

でも、もしもの時のため、受け身を体得するのは、ありかもしれませんね。

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