崩壊・倒壊○事故事例アーカイブ

野川健康センター新築工事のおける、土砂崩壊災害

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地山の掘削作業時の土砂崩壊災害について、平成元年と平成2年に通達が出されました。
内容は、掘削作業で、土止め支保工など土砂災害を防止する対策を入念にすることと、店社と現場が一体となった安全管理体制を整備することを要請するものでした。

この通達が出されたのは、ある災害が契機となりました。
平成元年5月22日に川崎市で野川健康センター新築工事の最中に、大規模な土砂災害が発生し、作業員5名が亡くなりました。

これは非常に大きな災害となり、地山の掘削作業や土止め支保工の安全性について見直す契機となったのでした。

今回は、この事故事例から、原因と対策を検討してみます。

野川健康センター新築工事のおける、土砂崩壊災害
(平成元年5月22日)

この災害は、川崎市「野川健康センター新築工事」の現場で発生しました。

事故現場は、親杭と横矢板からなる高さ12m、作業場所の周囲三方に設けてある土止め支保工の内部で、地階基礎の掘削作業を行っていました。

事故は土止め支保工が約10mにわたって倒壊し、掘削作業現場内に約200立方メートルの土砂が崩落してきました。
この土砂崩壊に作業員が生き埋めになるなどして、7人の死傷者を出した。

この工事の施工計画では、地表面からの高さ約9.5mある現場の地山を高さ5mになるまで掘り下げた後、親杭を打つことになっていました。しかし実際には地山の最頂部を1.5m程度しか掘り下げずに親杭を打ったため、親杭の根入れが不足していました。
そして土止め支保工の親杭を床付け面から3.6m下まで打ち込むことになっていましたが、現場では、床付け面まで打ち込まれていない親杭が大半であり、根入れが不十分でした。

そのため、土圧によって矢板下方が足払いを受ける形になり、腹起しの位置を支点にして下方が押し出されました。
次に親杭が腹起しから離れ、さらに腹起しからアースアンカーの台座が脱落しました。

このように不安定になった土止め支保工では、背面からの土圧を支える事ができず、最終的に今度は頭から矢板等が前方に倒れ、大規模な土砂崩れになりました。

なお、この現場の施工管理を行っていたのは、土止め支保工の経験の浅い若手社員であり、施工途中の計測も十分ではありませんでした。

また作業途中に根入れが不十分だと気づきましたが、やり直すことなく、作業を進めていきました。

失敗事例 > 土留め支保工とともに約200立方メートルの土砂が幅約10mにわたって一気に崩れ落ちた

この事故の型は「崩壊」で、起因物は「地山」です。

土止め支保工を行っていたにも関わらず、広範囲の土砂が崩れて起こった事故です。
この現場では、土止め支保工が十分に機能していなかったことが分かります。

事故の直接的な原因は、土止め用の親杭や矢板の根入れが浅く、土圧を支えるだけの強度がなかったことです。

計画に対して、地山の掘り下げる深さも、親杭の根入れの深さも全く足りていなかったことが分かります。

なぜこのような施工になったのか。

原因の1つは、この工事の現場管理者は経験が浅く、十分に把握できていなかったことにあります。
土止め支保工を行ったのも今回が初めてだったようです。

本来ならば、作業主任者を選任して、指揮するものの、これらの体制がとられていませんでした。

その結果、計画通りに施工されていなかったのです。

調査や計画が十分に行われていても、現場で実行されない限り意味がありません。
ただの机上の空論になります。

この現場では、現場の管理体制が不十分でした。

さらに、現場作業員が掘削や親杭の根入れが不十分であるという報告を行ったのにも関わらず、何の対処も行わなかったことが、不安全な状態を災害に導いてしまいました。

経験が浅く自分では判断できない場合は、分かる人に相談する必要があります。
この現場には、相談できる相手もいなかったのです。

経験不足の管理者と不十分な施工体制。
それによる不完全な施工。

これらが重なり、大きな事故になったのでした。

これらを踏まえて、この事故の原因を検討してみます。

1.土止め支保工の親杭の根入れが不十分だったこと。
2.土止め支保工作業主任者が指揮していなかったこと。
3.経験の浅いものに現場管理を任せていたこと。
4.不適切な状態を把握しているにもかかわらず、是正を行わなかったこと。

背景にあるのは、安全管理体制の不備であることがわかります。

若手の管理者を教育するために、現場で仕事を任せるのは有用なことです。
ただし、丸ごと預けるのではなく、指導するベテランがいります。
OJTを行うのであれば、その相応の体制が必要になるのです。

少なくとも、何かあった時にはアドバイスを与える、相談を受けられないといけません。

事故当時は、平成元年ですから携帯電話も一般的ではありませんん。
気軽に相談できる状態ではなかったのはあるでしょう。
今であれば、携帯ですぐに連絡できる状態ではありますね。

土止め支保工は入念な調査のもとに計画を立てることで、終わりではありません。
必ず計画通りに施工されるようにしなければなりません。

途中で掘削深さや根入れの深さなどの測定は行うものですが、これも不十分でした。
さらに施工が不十分という指摘に対しても、放置してしまったことも問題ですが、トラブル時の対処について、社内で取り決めがなかったために、対処できなかったのかもしれませんね。

原因を踏まえて、対策を検討してみます。

1.土止め支保工は調査を元に十分な強度を持つよう計画する。現場では計画通り施工する。
2.土止め支保工は作業主任者が、指揮を取る。
3.現場責任者は、現場に常駐する。不在とする場合は代理人を定める。
 代理人とは入念に打ち合わせ、連絡体制を確立する。
4.作業途中には、随時計測を行い、是正箇所があれば、迅速に対応する。
5.店社と現場を一体化した、安全施工体制を整備する。

現場は現場任せにしていては、何かあった時には対応ができません。
店社としては、今現場の状況はどうなっているかを、随時把握する必要があります。

把握する方法としては、報告を受けるだけでなく、直接現場に赴き、安全パトロールを行うことも大切です。

店社、事業者としては、安全を確保することが一番であるとメッセージすることが大切です。

推測ですが、この事故現場で、土止め支保工が不十分であると報告を受けた現場管理者は、工事の遅延を気にして、作業を続行させたのではないでしょうか?

もし安全を第一にという方針が浸透していたならば、作業を一時中断して、この段階でも見直せたのではと思います。

土止め支保工は全体の工事からすると、仮設工です。
工事の途中もしくは完成時には、撤去される一時的なものに過ぎない、工事を進めるための工事です。
建築工事そのものには直接関係がありません。

仮設は最終成果品ではないので、高品質にこだわるものではないかもしれません。
しかし、作業者の命を守るための、相当大切なものなのです。

それは成果品の質にも影響するでしょうし、何よりも人を守るものです。
決して疎かにしていいものではありません。

この事故を機に、土砂災害を防ごうと各団体に要請があり、重点課題となりました。
土止め支保工もしっかり行われ、土砂災害も減少してきました。

しかし、まだ事故は発生しています。
なくならないのです。

地山の掘削は、毎日のように行われるものなので、慣れと油断が生まれやすい作業です。
しかしいくらベテランになろうが、土砂の状態を完全に把握することは不可能なのです。

軽微なものであっても、土砂崩れが起こらないように、安全な勾配をつける、土止め支保工を行う。
これらのことを確実に行うことが求められるのです。

これは現場作業者や責任者だけの問題ではありません。
全社的な問題なのです。

全社的に、土砂災害に限らず、安全に作業を行う体制や雰囲気を作らなければ、意識は変わりません。

ただ安全第一をスローガンにするだけでは、効果はありません。

地山を掘削するときには、土止め支保工を行うなどの具体的な方針を示し、守らせること。

安全はスローガンではなく、具体的な行動でしか成し得ないのです。

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