○ショートストーリー”猫井川ニャンのHH白書”

猫井川、スペイン料理店で昔話を聞く

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こんなヒヤリハットがありましたので、対策とともにご紹介したいと思います。

「今日はなんだか疲れました。」

コンクリート打設の作業を無事終わらせ、事務所に帰ってきた猫井川は、つぶやきました。
エスパニョール鼠川が、現場復帰1日目。
いつにも増して色々ありました。

「わしも、久々の現場で疲れたよ。」

鼠川も現場に戻ってきて、自分のデスクに座り、息を吐きながら、答えました。

「でも、現場の空気は楽しかったよ。
 日報は前と変わらずか?」

今日の現場日報を取り出しながら、書き方を犬尾沢に確認します。 「ええ。変わってませんよ。
 書いたものをファイルするのも、当時と同じです。
 鼠川さんのも新しくなってますからね。」

日報を書いていると、隣の席の保楠田が思いついたように言いました。

「そういえば、鼠川さんがまた来たから、歓迎会しないとね。」

「おお、確かに。いつやる?」

事務所に帰ってきていた羊井メェも賛同しました。

「いやいや、新入社員でもないしな。
 気持だけもらっておくよ。」

「まあ、しばらくはみんな忙しいから、難しいけど、現場が落ち着いたら、慰労と歓迎会をやろう。」 犬尾沢も賛成のようで、そう提案しました。

「楽しみですね。鼠川さん。」

猫井川もまんざらではなさそうで、鼠川に話しかけました。

「おう。とりあえず今の現場を無事にやりきらないとだな。
 ところで、猫井川。
 今日は飲みに付き合え。大丈夫か?」

「えっ、今日ですか?
 一応、大丈夫ですけども。」

「そうか、じゃあ飲みに行こう。
 お前とは今後のこともあるから、しっかり仲を深めないとな。」

「ま、まじっすか。
 他は誰か一緒に行かないんですか?」

猫井川は、突然のことに戸惑いながら、保楠田や犬尾沢の方を向きました。

「う~ん、俺は無理。」
「俺も。今日は帰らないと。」

犬尾沢と羊井たちは、即答で断りました。

「俺も今日は用事があるから、猫ちゃんに任せるよ。」

保楠田も同行しないようでした。
兎耳長はもう事務所にいませんし、他の人たちはまだ帰ってきていないようでした。

「俺だけか。」

やや、心細そうにつぶやく猫井川でしたが、それを見た鼠川が言います。

「なんだ、わしと2人では不満か?」

「いや、そんなことはないです。一緒に行きます。」

「よし、行くぞ!猫井川!!」

2人は日報を書き、飲みに出かけていったのでした。

・・・

「よし、ここで飲むぞ。」

そう言って鼠川が連れてきたお店は、およそ鼠川に似つかわしくないレストランでした。

「ここですか?結構おしゃれな店ですけど、いいですか?作業服ですけど。。。」

「いいんだよ、そんなこと気にすんな。
 入るぞ。」

気にする様子もなく、鼠川は店に入っていったのでした。
中は、おしゃれな調度で、落ち着いた雰囲気のお店でした。
そんな雰囲気のお店の中を、作業服の2人がつかつかと入っていたのでした。

堂々とした鼠川と対照的に、少しおどおどしている猫井川は、後ろについていきます。

「どうも、こんばんは。」

鼠川がお店の人に挨拶をすると、どうみても日本人ではない店員さんが笑顔を向けてきたのでした。

「おう、チュウ!おかえり。
 仕事どうだった?」

「おう、ただいま。
 さすがに少し疲れたよ。
 今日は同僚をつけてきたよ。」

猫井川がそんな会話にあっけにとられていると、鼠川はようやく説明してくれました。

「ここは嫁さんの実家のスペインレストランだよ。
 で、こっちが、俺の嫁さんのラータだ。
 ラータ、こっちは同じ会社の猫井川だ。」

「初めまして~。」

「は、初めまして。ね、猫井川です。エスパニョールさんにはお世話になっています。」

ニコッと笑顔を向けてくる、きれいな女性に挙動不審に答える猫井川なのでした。

「チュウは、みんなにエスパニョールだと言ってるのね。」

「おう、今のわしはエスパニョール鼠川だからな。」

欧米のノリでキスをする2人を、ただぼんやり見ているしかできません。

「そうそう、これから猫井川と一緒に飯にするよ。
 奥の席空いてる?」

「ええ、どうぞ。
 猫井川さんもゆっくりしてね。」

店の奥の席に案内され、着席すると、猫井川はようやく落ち着きました。

「先に奥さんが働いているところだと言ってくださいよ。
 奥さんきれいですね。若いのは知ってましたけど。
 あと、日本語ペラペラなんですね。」

「まあ、嫁さんの本業はダンスインストラクターなんだけど、夜はここで手伝ってるんだよ。
 スペイン人とはいえ、日本育ちだからな。日本語はペラペラだ。
 じゃないと、そもそも俺と話ができないしな。」

「なるほど。そうなんですか。
 ここはスペイン料理ですか?」

「おう、ここの料理はうまいぞ!
 ニンニク臭くはなるけどな。」
そんなことを言いながら、ビールを注ぎ、2人で乾杯しました。

「料理は適当に任せるよ。
 こいつには元気に働いてもらわないといけないから、精のつくのを頼むよ。」

ラータにそう言うと、空になったグラスをまた満たしていくのでした。

「猫井川、この仕事をやり始めて何年だ?」

ビールを飲みながら、鼠川は聞いてきました。

「そうですね。2年くらいですね。」

「そうか。この業界は、この会社に入ってからか。
 ちょうどわしがやめた後くらいだな。
 その前は何してたんだ?」

「バイトとかですね。色々やってたんですけど。
 しっかり就職しないとなと思って、今の会社に入ったんですよ。」

「なるほどな。実際に建設業に入ってみてどうだ?前持ってたイメージと同じか?」

「前は、建設業は、危険で汚いとか、乱暴なイメージがありましたけどね。
 まあ、確かにその通りではあるんですけど。
 でも、ネットであれこれ言われる程ではないと思います。
 勉強することがいっぱいありますし、楽しいです。
 最近は少し慣れてきたかなと思うんですよ。」

「まあ、3Kとか言われてたもんな。
 今日の仕事ぶりを見てても、よく働いていると思ったよ。
 慣れてきてるか、ちょっと危ないな。」

「危ないですか?」

「うん、慣れてきた頃が、一番事故を起こしやすいんだ。」

「はあ、そんなもんですか。」

「わしの経験上な。
 お前くらいの頃で、事故を起こすやつは多いな。」

「はあ、なるほど。事故ですか。」

「それでな、まあ少し話そうと思ったんだよ。」

グラスを空にしながら、鼠川は言いました。

「わしも昔、そういうことがあってな。
 まあ、聞けよ。
 昔こんなことがあってな・・・」

30年ほど前、鼠川がまだ30代の頃でした。

当時、ビル工事のため、ビルをグルッと囲むように足場を組んでいる作業の時でした。

足場は、鋼管を組み合わせて組み上げ、作業床や手すりを付けていきます。

「鼠川!パイプを何本か持ってきてくれ!」

足場の上で作業をしていた、先輩が地上で仕事している鼠川に言いました。

「はーい。」

そう答えると、鼠川は材料置き場に向かい、鋼管を3本抱え、足場に戻ってきました。

「上まで、持っていきますか?」

「おう、4,5本持ってきてくれ。」

そう言われた鼠川は、先に材料置き場から、残りの鋼管を持ってきて、まとめて持って上がろうと考えました。

ひとまず、持ってきた鋼管を置き、材料置き場から3本持ってきます。

「よし、持って上がろう。」

足場の通路や階段は狭いものの、一度に抱えられるだけ抱えて、登ることにしました。

鋼管を抱えると左右にはみ出すものですから、足場の通路を歩くときは、横歩きで歩かざるを得ません。

「おい、気をつけろよ。」

すれ違う同僚は、鼠川に声をかけます。

「大丈夫ですって。」

あまり深く考えていない鼠川は、気にせず進みます。

2段目まで上がってきた時でした。
相変わらず横歩きしている鼠川でしたが、足場床と足場床の継ぎ目が、ほんの少しの段差に足を引っ掛けてしまいました。

前に歩いていたらどうということがない段差。
横歩きで、そろそろ歩いていたら、引っかかってしまったのでした。

足がひっかかり、体がよろけてしまいます。
バランスを取ろうにも、両手は鋼管を抱えているので、支えられません。

そのまま足場で倒れてしまったのでした。

「やべ。」

転んだ拍子に、鋼管は手を離れ、転がります。

ガランガラン。

足場には巾木はつけられていません。
自由になった鋼管3本は、作業床を転がり、地上に落ちていったのでした。

「こらー!!」
「危ないだろ!」
「気をつけろ!!!!!」

足場の上と地上から、一斉に怒号が飛び交います。

「鼠川何をやっているか!!!」

ひときわ大きい現場監督の怒鳴り声が、響き渡りました。

・・・・

「それで、誰か怪我をしたんですか?」

「いや、その時真下には誰もいなかったから、大丈夫だった。
 でも危なかったな。
 わしも転けるとこが悪かったら、落ちてたよ。」

「巾木とか安全帯とかなかったんですか?」

「当時は、そんなに厳しくなかったからな。必要なかったんだよ。」

「今じゃ、考えられないですね。」

「そうだな。でもわしも当時は仕事に慣れてた頃だからな。
 油断するとそんなことになるんだわ。
 猫井川もそんな時期なのかもしれんな。」

「そうですか。
 自分ではそんなつもりはないんですけど。
 犬尾沢さんも厳しいですし。」

「犬尾沢な。あいつも色々あったからな。」

「どんなことがあったんですか?」

「まあ、詳しくは本人から聞けばいいけども。
 聞けば話してくれると思うよ。」

2人の夜は、まだまだ始まったばかりです。

今回は、鼠川の過去のお話です。
鼠川が来てから、少しお話が動き出しそうな予感です。

2人の飲みの席での話は、次回も続きます。

さて、今回のヒヤリハットは、鼠川若かりし日に起こったものです。

足場組立作業の時に、鋼管を運び上げていたところ、転んでしまい、鋼管を落下させてしまったというものです。
幸い落下地点付近に人はいなかったので、怪我人はいなかったものの、一歩間違えれば、大事故でした。

足場を構成する材料は、鋼管や枠型などいくつかの種類があります。
鋼管というのは、いうなれば鉄パイプのことです。
鉄で出来ているので、それなりの重量があります。

落ちてきたものが体にぶつかれば、骨折にもなりかねませんね。
もし縦向けに落ちてこようものなら・・・恐ろしいことです。

このような事故例がないわけではありません。
実際に落下してきた鋼管で怪我をしたという事故はよくあるのです。

鼠川の話は、30年ほど前なので、足場も規制も今ほど厳しくありませんでした。
手すりの他、中さんや巾木などが義務付けられたのは、最近の法改正によってです。
また安全に対する意識も、今ほど徹底してはいませんでした。

足場では材料を上げたりしますが、運ぶのが危険であれば、吊り網や吊り袋などで持ちあげなければなりません。
長尺のものを足場を使って歩くと、行き交うのも難しいですし、あちこちに当たりますからね。

足場の組立解体時も結構危険がいっぱいなので、注意が必要なのです。

さて今回のヒヤリハットをまとめたいと思います。

ヒヤリハット 足場組み立て時に、鋼管を持ち運んでいたら、転んでしまい、鋼管を落下した。
対策 足場の材料は、吊り網、吊り袋で上げる。

足場は作業中だけでなく、組み立て解体時も高所作業となるため、墜落・転落の危険があるのです。

鼠川との話から、猫井川や犬尾沢の過去など、すこし話が進んでいきそうです。
鼠川の奥さんのお店での夜は進んでいきます。

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