○ショートストーリー”猫井川ニャンのHH白書”

鼠川、知名を十ばかり過ぎて、使命を知る。

entry-326

こんなヒヤリハットがありましたので、対策とともにご紹介したいと思います。

index_arrow 第41話「鼠川、知名を十ばかり過ぎて、使命を知る」

鼠川は、ラータからの(ついでに親父さんからも)プロポーズを受け、一旦は受けようとも考えましたが、まだ悩んでいました。

(やはり年の差がな。  あの娘はまだまだ若いから、ワシよりもっといい人が見つかるはず。)

誰に相談することもできず、1人悶々としていました。

ラータからは、

「きゅうに言ったことだから、返事はすぐでなくてもいいよ。」

と言われています。

しかし、この店の工事はあと少しで終わります。

時間はあまり残されていないのでした。

(さて、どうしたものか。)

鼠川は、プロポーズのことが頭から離れないまま、毎日の仕事を行っていたのでした。

そんな中、ラータが描く壁画の仕上げを行なうことになりました。
壁一面に、明るく華やかな絵が描かれています。

「ラータの絵は何度見ても立派だな。」

鼠川は素直に感想を言いました。

「そう!?チュウにそう言ってもらうと嬉しいわ。ありがとう。
 もうちょっと描いたら完成よ。」

ラータは嬉しそうに言うと、ペンキを片手に、脚立に登り始めました。

1段目を登り、2段目に足をかけた時でした。

するっと、ラータの足が滑ります。

ラータが「あ、落ちる」と思った時、その背中がガシッと支えられたことに気がついたのでした。

どうしたのだろう?と振り向くと、そこには鼠川がいました。
両手でラータの背中を支え、落ちないようにしていたのです。

「ありがとう、チュウ。助かったわ。」

転びそうになったドキドキと、鼠川に支えられた嬉しさで、弾けるような笑顔でお礼を言います。

「ん、あ、まあ、気をつけてな。」

照れくさそうな、鼠川。

ラータをしっかりと両足で立たせると、そそくさと別の仕事に向かったのでした。

「照れちゃって。」

ニッコリとつぶやくラータに見送られながら、鼠川も天井の仕上げをするために、脚立を引っ張り出しました。

腰道具をセットし、脚立に登ろうとした時でした。
1段目に足をかけた時、妙な違和感を感じました。
引っかかるはずの足場は、妙なヌメリがあり、足に引っかかることなく、滑ったのでした。

このままでは、足を滑らせ、脚立もろとも前に倒れてしまいます。
妙に自分の動きがスローモーションに感じた時でした。

ガシッと、自分の体が支えられるのを感じました。

スローモーションの世界から、等倍速の世界へ。

ふと我に返った鼠川は、後ろを振り向りました。
そこには、ラータが鼠川の腕を掴み、支えていたのでした。

「あぶなかったね。チュウ。」

掴んだ腕を引っ張りながら、ラータが言いました。

「ああ、ありがとう。危なかったよ。」

やや呆然としながらも、鼠川が言います。
ドキドキやら恥ずかしさやらとで、心拍数は16ビートです。

滑ったのか恥ずかしいのか、ラータに支えられたのが照れくさいのか、すぐに話題を変え、

「でも、なぜ滑ったのか」

と、脚立を見ました。

しかし、脚立には何もありません。

「なんだかヌメっとしたような気もしたが。
 ワシも年なのか、不思議だ。」

そう思うのと、同時に鼠川は少し考えます。

(こうやって、怪我をしそうな時支えられるのは、若い時依頼だな。)

現場の第一線で働いてきた鼠川にとって、怪我は日常茶飯事でしたが、全て自分の責任、事故解決するもだと思っていました。
しかし、当たり前ですが、自分だけで何もかもできるわけではありません。

(退職し、今このような場で作業しているのも、自分が誰かを支え、自分も誰かに求められているからだ。)

転倒しそうになったドキドキは、鼠川の脳裏にそんな考えが浮かばせたのでした。

(ワシがこの親子の開店準備を手伝い、支えているつもりだったが、この娘にも支えられてることも多いな。)

(ラータが転びそうになった時ワシが支え、ワシが転びそうになった時はラータが支える。)

(それもまたよしかもしれん。)

鼠川の中で、考えが巡るのでした。

「ラータありがとう。もう手を離しても、大丈夫だよ。」

鼠川は照れくさそうに言いました。

「そう?もうだいじょうぶ?」

ラータもそう言、鼠川から手を話したのでした。

やや見つめ合う2人でしたが、鼠川の視界の端では、親父さんが脚立につまづき転んでいる様子が映りました。

残念ながら、親父さんには支ええてくれる人はおらず、そのまま前のめりに倒れていくのでした。

工事は進み、完成の日。

すべての工事が終わりました。

隅々まで掃除も終え、3人は出来たばかりのお店で祝杯を上げることにしました。

「チュウが最初のお客ね。」

ラータがそう言い、親父さんもウインクしました。

ピカピカの厨房で、親父さんが料理を作り、テーブルに並べます。

そしてワインを開け、3人のグラスに注ぎました。

「お店完成!かんぱーい!」

チンとグラスの音が響いたのでした。

ワインを飲み、料理も食べ、工事の時の苦労話などを話して、ひと通り満足した頃でした。
3人の頭の片隅には、今後のことについてがあります。

特にラータのプロポーズについて。 そろそろ結論の時期に来ていることを3人は気づいていました。

そんな思いが交錯したのか、しばし沈黙が訪れます。

短いような、長いような沈黙の後、鼠川が口を開きます。

「さて、この店もあとはオープンするだけだし、ワシの仕事は今日で終わりだ。
 しばらくの間、一緒に仕事できて、楽しかった。
 まずは、礼を言わせてくれ。
 ありがとう。」

鼠川は、頭を下げます。

「工事は終わりだが、まだ終わっていないこともあるな。
 2人ともわかってると思うが。
 明日からワシは来なくなる。もちろんオープンの日には、駆けつけるがな。」

鼠川の言葉を、2人はじっと聞いています。

「どうも回りくどくなったな。
 前、ラータから結婚を申し込まれた時、正直とまどった。いやこれは今もなんだが。
 何より年の差が大きいしな。」

鼠川がそう言うと、ラータが言葉を挟みます。

「年の差なんて!関係って言ってる!」

それを聞いて、鼠川がにっこりとして答えます。

「そうだな。そう言ってくれてたな。
 そう言ってくれても、ワシとしては悩んだんだよ。

 でもな、この前ラータとワシと脚立で滑った日があったろ?
 覚えてるか?」

それに対して、ラータが答えます。

「おぼえてる。こけそうになった時、チュウが支えてくれた。」

隣で親父さんもうなずきます。

「うん。あの時な、ワシがラータを支え、その後ワシが転けそうになった時に、ラータがワシを支えてくれたんだ。」

自分は誰にも支えてもらえなかったことを思い出し、ややがっかりする親父さん。

「それで、その時思ったんだよ。  こうやって支えあうのもいいのかなと。
 ワシも支えられるが、この娘をしっかり支える人生もいいんじゃないかと。」

何を言っているのか、よく分からないラータと親父さん。

「それってどういうこと?」

ラータは聞きます。

「どうも、回りくどくてすまんな。
 はっきり言うと、ラータのプロポーズを受けたい。
 そしてこれからも、ラータと親父さんと一緒にいたい思う。
 ない頭を一生懸命回転させて、考えたよ。
 つまり、そういうことだ。」

「つまり、結婚するということ?」

ラータが聞きます。

「うむ。結婚してくれ。」

鼠川が答えた瞬間、ラータと親父さんが抱きついてきました。

「お、おう。こんなにまで答えを長引かせてすまんな。」

「ううん。いいの。チュウありがとう!」

しばらく3人とも、会話にならないほど、もみくちゃになっていました。

「さて、改めて乾杯しようか。」

ひとしきり大騒ぎし、興奮が治まったので、鼠川がそう提案しました。

「これからの家族にかんぱーい!」

そう言って、またグラスを高くならせたのでした。

「ところで、これは聞いていいのか分からんかったのだが、家族になるということで教えて欲しいのだが。」

乾杯の後また大騒ぎとなりましたが、落ち着きを取り戻した後、鼠川が言いました。

「なに?家族だもん、隠し事はないわ。」

ラータが答えます。

「ラータのお母さんは、日本には着ていないのか?」

そう聞くと、ラータと親父さんの顔が急に曇りました。

「す、すまん。聞いてはいかんことだったかな。」

2人の反応に、鼠川が慌てます。

「ううん。いいの。
 きちんと話さないといけないことだし。

 実は・・・」

ラータの話によると、ラータと両親は10年くらい前までスペインのマドリードに住んでいました。
親父さんはレストランをやり、お母さんは会社に勤めていました。
一人娘のラータは、高校に通っていました。

そんなある日、事件が起こります。

ラータの母親は、いつものように通勤してしていた所、交通事故に巻きこまれてしまったのです。

事故の後、一切の気力を失った2人。
生まれ育ったマドリード市内の全ての風景の中に、母親がいます。

折しも、マドリード列車爆破テロ事件などで、治安への不安が蔓延した時期です。

2人は悩みに悩み、考えに考えた末、いっその事、母の思い出が深く残るスペインを出て、新天地でやり直そうと考えたのでした。
行き先は、親父さんが留学していた場所、そして母親が常日頃行きたいと口にしていた場所、日本です。

そうして、2人は日本に来たのでした。

日本に来てからは、親父さんはスペイン料理屋での働き口を見つけ、ラータは大学に通い、その後就職しました。

そして資金をため、この店をオープンに至ったのです。

出す料理は、母親が得意だったスペインの家庭料理が中心です。

そんな思いの溢れたお店に、鼠川が来て、手伝ったというわけなのです。

「そうか、そんなことがあったのか。
 辛いことを話させて、悪かったな。」

目に涙を浮かべながら話すラータを気遣う鼠川。

「だいじょうぶ。話さなきゃいけないことだから。
 でも、あれからスペインに帰れない。ママを思い出すから。
 私にはもう故郷はないの。」

そう言いながら涙の止まらないラータを見ていた、鼠川でしたが、

「わかった。よく話してくれた。ありがとう。
 しかし、故郷がないことなんてない。
 いつか里帰りもできよう。ワシも力になる。
 それまでは、ワシがラータの故郷になろう。
 年寄りだから、『古さ』には、自信があるしな。

 ・・・わからんか。

 これからワシがラータの故郷のスペイン代わりだ。
 というわけで、ワシは名前をこうしよう。
 鼠川チュウ一郎、改め、エスパニョール鼠川だ!
 ワシと一緒にいる限り、ずっと故郷のスペインと一緒なんじゃ。」

勢いで言ってしまったものの、何言ってんだと振り返り、自分に自分で絶句する鼠川。
2人も何だか意味が分からんという顔をしている。

「つ、つまりだな。。。」

さらに、言葉を重ねようとする鼠川に対し、

「つまり、チュウがスペイン代わりということ?」

ラータが、不思議そうに聞きます。

「まあ、そういうことだな。
 ワシの使命は、これからラータを支え、心の故郷になることんだんだろう。」

顔を真赤にして、何言ってだと弱気になる鼠川。

「私たちのことを考えてくれたのね。ありがとう。
 わかったわ。これからチュウと一緒にいて、いつか故郷に帰れるようになるわ!」

分かったのか、分からないのかは不明ですが、気持ちだけは伝わったようです。
ラータは、また鼠川に飛びついてきました。

その隣で涙を流しながら親父さんが「エスパニョール、エスパニョール」と呟いていたのでした。

この瞬間、鼠川チュウ一郎が、ラテンの男「エスパニョール鼠川」になったのでした。

index_arrow ヒヤリ・ハットの補足と解説

今回のヒヤリ・ハットは、脚立に関するものです。
脚立は、ちょっとした高所作業になります。
天端に乗っての作業は禁止ですが、足元を支えるのは、細いサン、横棒だけです。
少し踏む場所が悪いと、容易に滑る危険性があるのは確かです。

鼠川、ラータともに脚立を登るときに滑りました。
脚立を登る時は、必ず足の裏の中心で踏みましょう。
つま先だけだと、鼠川たちのように滑ってしまうので注意です。

鼠川、ラータは墜落時に支えあい、転倒を免れましたが、親父さんは残念ながらフォローなしでしたね。 何とも不憫な。。

脚立作業は、蛍光灯を替えたりなど、頻繁に行われますが、一応は高所作業なのです。 それなりに作業場の注意は必要ですよ。

それでは、ヒヤリ・ハットをまとめます。

ヒヤリハット 脚立を登るときに、滑り落ち、転倒しそうになった。
対策 1.脚立のサンは、足の裏の中心で確実に踏む。
2.登り降りの際は、両手でしっかり持ち手をつかむ。

脚立の登り降りの際は、確実に行なうことが重要です。
これは、作業時も同じです。

脚立程度の高さでも、転落すると怪我をするのです。

さて、鼠川がプロポーズを受け、2人は結ばれることになりました。
そして、勢い余って口走ったことにより、エスパニョール鼠川が誕生となったのです。

鼠川がどんどんメインになっていますが、次回は久しぶりに猫井川も出ます。
ついでに保楠田も登場です。

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