厚生労働省労働局長登録教習機関
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先日、元厚労省の半田有通さんという方の講演のなかで、こんな話がありました。
年か前になりますが、割りと大きく取り上げられていた健康被害があります。
それは、大阪の印刷会社で、胆管がんを発症する作業者が多いうものでした。
胆管がんは、高齢の方が発症するのだそうです。
しかし、その印刷会社では若い世代、中には20代でで発症するというケースもあったのです。
流石にこれはおかしいので、調査したところ、ある化学物質が原因だったようです。
事故の概要 |
事故の概要について、新聞記事を引用します。
なお、紹介したいのは事件そのものですので、被害者名などは割愛しておりますので、ご了承下さい。
また記事が古く、リンクがなかったので、引用元の毎日新聞トップページへのリンクになっています。
校正印刷会社の元従業員4人が死亡(平成22年5月19日)
西日本のオフセット校正印刷会社の工場で、1年以上働いた経験のある元従業員のうち、少なくとも5人が胆管がんを発症、4人が死亡していたことが、熊谷信二・産業医科大准教授(労働環境学)らの調査で分かった。作業時に使われた化学物質が原因と強く推測されるという。遺族らは労災認定を求め、厚生労働省は調査に乗り出した。
熊谷准教授によると、同社では91~03年、「校正印刷部門」で1年以上働いていた男性従業員が33人いた。発症当時の5人の年齢は25~45歳と若く、入社から7~19年目だった。 熊谷准教授が今回の死亡者数を解析したところ、胆管とその周辺臓器で発生するがんによる日本人男性の平均死亡者数に比べ約600倍になった。 校正印刷では、本印刷前に少数枚だけ印刷し色味や文字間違いなどを確認するが、印刷機に付いたインキを頻繁に洗うので結果的に洗浄剤を多用する。洗浄剤は、動物実験で肝臓にがんを発生させることが分かっている化学物質「1、2ジクロロプロパン」「ジクロロメタン」などを含む有機溶剤。会社側は防毒マスクを提供していなかったという。 91~03年当時、ジクロロメタンは厚労省規則で測定や発生源対策が求められていたが、1、2ジクロロプロパンは規制されていなかった。 熊谷准教授は「これほど高率になると、偶然とは考えられず、業務に起因している。校正印刷会社は他にもあると聞いており調査が必要だ」と話す。 元従業員らが労災認定を求めたことについて、会社側は「真摯(しんし)に対応させていただいている。個人情報などもあり、お答えできない」としている。 |
この事故の型は「有害物との接触」で、起因物は「化学物質」です。
日本人の平均死亡者数に比べ、この印刷会社で働いている人の胆管がんで亡くなる方が600倍というのは、どう考えても異常です。
直接の原因は、印刷機の洗浄剤として使用していた「1、2ジクロロプロパン」という物質です。 この化学物質は、法的に規制のされていないものであり、そのため印刷会社もじゃぶじゃぶ使っていたようです。
なぜ、規制がなかったのかというと、実は有毒性が知られていなかったのです。
この労災が表立った時、WHOでも規制対象にリストアップされていませんでした。 EUでも全く認識されていません。 アメリカでは通達はあったようですが、規制までは行われていませんでした。
日本では、動物実験などで危険がわかったので、規制しようかなと検討していた矢先の出来事だったそうです。
つまり、どんな危険があるのかは、よくわかっていなかったのです。
安衛法では、PCBなど特に危険な化学物質をリストアップし、規制されています。 その数は約640種類です。
しかし、世の中には化学物質は、5万とも6万ともになります。
この数も日に日に増えています。 規制640種に入っているから、安全かというと、そんなわけないですよね。
じゃあ、なぜもっとたくさんの種類の化学物質を規制しないのと疑問に思いますよね。 これには理由があるそうです。
厚生労働省としては、危険物質を1つずつ上げていったら切りがないから、個々にリストアップせずに、基準を設けて規制しようとしたかったらしいのですが、あちこちから反対があったようです。
そんな規制で勝手をされたら、影響が大きすぎるというものです。
化学物質の管理を行なうのは、厚生労働省だけではなりません。
経済産業省も管理を行います。
製造業で、化学物質をまとめて規制されたら、確かに困る所も多い。
擦った揉んだがあった末、約640種類の危険性の高い化学物質がリストアップされました。
リストは、安衛令別表9ですが、ひたすら化学物質名が羅列されていて、見てられないことになっています。
これにより危険性が高く規制される化学物質は明確になりましたが、一方ではリストアップされていない物質は危険性は低いと誤解される要因になりました。
「1、2ジクロロプロパン」が使われていたのも、そんな背景があるようです。
しかし、考えてもみてください。 規制されていないからといって、安全かというと、絶対そうとは言えないですよね。
規制の有無を明確にしたことが、かえって規制外というお墨付きを与えてしまったようなものです。 コストが安ければ、事業者は使います。
もちろんMSDS(化学物質安全性データシート)というもので、危険性や取り扱い方法などを明記しましたが、徹底されておらず、「1、2ジクロロプロパン」に至っては危険性が明記されていませんでした。
この後、厚生労働省は調査を行い、平成25年3月に「1、2ジクロロプロパン」を有機溶剤中毒予防規則の該当物質に格上げ、及び健康障害防止指針公表物質に指定しました。 そのため現在は、簡単に使うことはできなくなっています。
「印刷事業場で発生した胆管がんの業務上外に関する検討会」の報告書及び今後の対応について(平成25年3月14日)
今回の物質は追加されましたが、こんなのイタチごっこだなとも思いませんか。
有害物質の発覚、規制というイタチごっこな関係、似たようなものがないでしょうか?
ここ数年、問題になっている危険ドラッグは、この構図ですよね。
ちょっと規制されている化学物質を変えて出回り、規制されたらまた変えて出回る。 切りがありません。
その上どんどん変わる物質は、有毒性を増すこともあります。
さすがに、これじゃダメだと、まとめて規制になりましたが、製造業で扱う化学物質も同様です。
特定の種類だけを禁止していたのでは、新たに有害な物質が出た時に対応できないよねという現実に直面し、ようやく厚生労働省と経済産業省が、個々の物質にとらわれずトータルに管理、規制に乗り出したのでした。
それが平成24年の法改正と平成26年の法改正です。
平成24年ではの改正では、全ての危険有害物質に関してSDS(安全データシート)とラベル表示について努力義務化しました。
これは、厚生労働省からは安衛法改正という形で、経済産業省からは「化学物質排出把握管理促進法」(化管法)という形で規定されました。
さらに「JIS Z 7532」で規定し、一元管理としたのです。
それまで使われていたMSDSは、国連等で使用されているSDSに統一されました。 SDSは化学物質の有害性有無に関わらず、全ての化学物質を販売、譲渡する際に一緒に渡さなければなりません。
SDSには、化学物質名のほか、有害性、取り扱い方、漏れだした時の対処なども書かれています。
そして、同様の内容を容器にもラベル表示することが求められます。
これにより、規制されていなくても、どんな有害性があるのかということをしっかり管理しましょうということになったのでした。
ただし、絶対SDSが必要なのは、約640種の危険物質のみで、その他は努力義務となっています。
この辺りの詳細は、こちらを御覧ください。
安衛法におけるラベル表示・SDS(安全データシート)提供制度
平成26年の安衛法改正では、この規制をより踏み込みます。
化学物質を製造し、又は取り扱う全ての事業者は、リスクアセスメントの実施が義務となりました。
ただし、これも約640種の危険物質取り扱う事業者のみ義務で、その他は努力義務ではあります。
全ての化学物質について、SDS等で徹底管理ではありませんが、大きく枠を広げ管理しようとしていく流れになっていくでしょう。
さて、事の発端になった印刷会社は、昨年起訴され、和解となりました。
胆管がん問題、被害者全員と和解 大阪の印刷会社(日経新聞 平成25年10月22日)
この事故は、法で規制されていなからといって、安全ではないとうことを教えてくれます。
いやむしろ、規制されていないけど、危険なものはたくさんあります。
未知の危険もたくさんあるでしょう。予想外なこともあります。
これらの状況の中で、いかに事故を最小にするのかが、事業者の責務です。
リスクアセスメントは、その取組の1つでしょう。
じゃあ、どうやったらいいの?と思うでしょうが、なるべくこのブログでも情報を提供していけたらと思っております。