○書評

書評 「The検証!!労働災害事件ファイル 監督現場から災害の原因・防止策を探る」

「The検証!!労働災害事件ファイル 監督現場から災害の原因・防止策を探る」
森井博子・森井利和著 労働調査会 H24.3.10

労災が起こったらどうなるのか!?
ドラマや小説のような労働基準監督署の仕事を紹介します。

本書は労働災害が起こった後、労働基準監督署がどのように事故の検証を行い、その後送検するまでを、いくつかの事例のもとルポ風に書いていっています。

私の会社でも、工事を受注したら一括有期事業開始届け等を提出したり、年末には労務関係の届出をしたりと、労働基準監督署に足を運ぶことも多いです。
また、会社にも時折監査に来られ、是正箇所などの指示を受けたりすることもあります。

その他、建設工事や工場に特定の機械を設置する時も、届け出が行わなければいけませんし、実際に労災が起こった場合は、労災の報告を提出することになります。

仕事をする上では、労働基準監督署とのお付き合いは切っても切れない仲になります。

この本でクローズアップされているのは、労働基準監督署の業務の内、労災時の捜査から送検に至る業務です。

建設現場でクレーンが倒れた、工場で爆発が起こった等の事故を、ニュースや新聞などで報道されることがあります。
事故ですので警察が捜査しますが、同時に労働基準監督署も捜査しています。

警察の対応として、事業主等の業務上過失障害または致死で逮捕というのは目にしますね。
しかし労働基準監督署が何をしているかというかは、あまり目にすることはありません。

労働基準監督署は、安衛法の違反に対しては安衛法第91条、第92条に基づき権限が与えられ、「特別司法警察員」として職務を行います。これは警察と同様に、令状により家宅捜査、差押えなどもできるようになります。そして最終的には、送検まで行います。
【安衛法】

第91条
労働基準監督官は、この法律を施行するため必要があると認めるときは、
事業場に立ち入り、関係者に質問し、帳簿、書類その他の物件を検査し、
若しくは作業環境測定を行い、又は検査に必要な限度において無償で製品、
原材料若しくは器具を収去することができる。

2 医師である労働基準監督官は、第68条の疾病にかかった疑いのある
 労働者の検診を行なうことができる。
3 前2項の場合において、労働基準監督官は、その身分を示す証票を
 携帯し、関係者に提示しなければならない。
4 第1項の規定による立入検査の権限は、犯罪捜査のために
 認められたものと解釈してはならない。

 

第92条 労働基準監督官は、この法律の規定に違反する罪について、
刑事訴訟法の規定による司法警察員の職務を行なう。

警察であれば、ドラマなどでなんとなくイメージがつきますが、労働基準監督署のこういった仕事は、なかなか知らないですよね。

事故が発生してからの流れは、簡単に書くと次のようです。

1. 事故の把握
   ↓
2. 実況見分(現場調査)
   ↓
3. 取り調べ
   ↓
4. 強制捜査(証拠の任意提出が望めない場合など)
   ↓
5. 送検

実際のところ、ケースバイケースでしょうけども、本書によるとこんな流れだそうです。

本書では、20の事件ファイルで、捜査の流れをを紹介しています。

事件には、「飛んだ右腕」、「電撃痕」、「労災かくし」、「17歳少年の墜落死」など、タイトルだけでも痛そうな事件が並んでいます。

これらの事件は、フィクションだそうですが、実際にも同様の事故はあると思われます。
同様の事故についても、本書では紹介しています。

実は、この本を最初に紹介しようと思ったのは、とてもユニークで、好きなところがあったからなんです。
この本で登場する労働基準監督署の調査員は、役所然とした事務的な人ではありません。
怒りもすれば、悲しみもする、時には嫌だなーと思ったりする、とても人間味あふれた人が、事故の調査に臨んでいるんだということが、よく分かります。つまり妙に人間くさいのです。

普段は事務対応をしているだけなので忘れがちですが、署員も人なんだということを思い出させてくれました。

事故の報告があったら、調査に向かいます。この時対応する調査員が、どんな人と成りなのか、紹介しているんですね。

例えば、ファイル1「飛んだ右腕」では、こうあります。「この事故を担当したA監督官は、南日本出身だったが北日本の○○県の監督署に赴任したばかりだった。寒さに弱い南国出身のA監督官がわざわざ北国の○○県に赴任したのは、妻の実家がそこにあったからだ。(中略)事故発生の一報が会社から来たのが午後4時で、臨検監督を終えて監督署に帰ってきたばかりの時だった。身重の妻を気遣って夕食当番をずっと引き受けているA監督官は、一瞬妻が浮かんだが、「ごめん!今日遅くなる」というメールを打ち、直ちに職員2名とともに事故のあった砕石工場のプラントに出かけた。」(P23~P24)

妙に人間味あふれる様子ですね。その後調査し、送検に至るわけですが、全てにドラマがあるわけです。

同じ人間なのですから、事故を起こした事業者や関係者が協力的でないと、怒りを覚えたりすることもあるわけですね。もちろん協力的であれば、手心を加えるということはないでしょう。しかしあまりにも事故への反省が乏しく、非協力的であれば、強制捜査などに至ることもあります。
こういったエピソードは、ファイル4「17歳少年の墜落死」で見ることができます。

労働基準監督署員はきっと多くの事故を目の当たりにし、死傷者が出た現場にも立ち会っている思います。
その度に、家族を失うということも目にし、怒りとも悲しともつかない、やるせない気持ちを抱いたこともあるのだろうと思います。

時には厳しい対応になることもあるでしょうけども、おそらく、その背景には職務上の立場だからではなく、悲しむ家族を減らしたいと思いがあるのだと思います。

安衛法などをすべて守ると、非常に仕事がしづらかったり、コストがかかることもあります。
当然、法律を守れば事故がなくなることはありません。
しかし、大幅に減らすことはできると思います。なぜならその思いをこめて制定されているからです。不足していたり、不備のある点は、随時改正されています。

法律を守ることが、すなわち安全対策だとは思いません。
しかし最も優先されることは、労働者の安全が守れられることです。

本書は、事故を起こすのも人、捜査するのも人なんだなと思い出させてくれました。

事故がなければ、労働基準監督署の人が定時に帰れるようになる。
無事故が引き起こす影響は、風が吹けば桶屋が儲かる的な、広がりにもなりうるのだと、1人ほくそ笑みながら、今日も仕事を無事終えようと思います。

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