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建設業のように、特に危険な仕事を請け負った元方事業者のことを、「特定元方事業者」といいます。
今回は、「特定元方事業者」の責務についてのまとめ、その2です。
前回はこちらをご覧ください。
特定元方事業者の職務1
安衛法第30条にあげられた講ずべき措置のうち、1~5について、まとめてみました。
今回は、6のその他ですが、これが実は多いのです。
6)その他の労働災害を防止するため必要な事項
その他の労働災害防止のために必要なことを行わなければなりません。
何をするのか?
簡単にまとめると、様々な関係請負人がいるので、ルールを統一することです。
特定元方事業者が定めるルールについて、見て行きましょう。
1.クレーン等の運転の合図の統一
【安衛則】
クレーン作業を行う場合、クレーン操作者(オペレーターといいます)と、玉掛け者(荷をワイヤー等で固定する作業のことです)、また荷の周囲で作業する労働者がいます。
荷を吊ったり、移動させたり、下ろしたりと、オペレーターに適切に指示を出すのですが、オペレーターは車内にいるのと、エンジン音が大きいため、声で指示するのには限界があります。
そのため一般的には、ハンドサインなどで合図し、指示を出します。
例えば、片手を上にあげ輪をかくと、巻上げのサイン。
腕をほぼ水平に上げ、 手のひらを下にして下方に振ると、巻き下げのサインなどです。
ハンドサイン以外にも、旗を使ったりする場合もあるようです。
大体に通った合図を使っているのですが、時々会社独自のルールを持っていたりします。
例えば、ある請負人では荷を吊り上げる合図としているものを、他の請負人では荷を下ろす合図ということもありえます。
近くで作業している関係請負人が、合図を見ていてて、誤解してしまうと危険なことがありますね。
このハンドサイン等の合図を統一して、全ての関係請負人に統一した合図を使わせることが、特定元方事業者の重要な役目です。
関係請負人は統一合図を使わなければなりません。
指示する人も、オペレーターも、周りの労働者も、全員が合図の取り違えがないようにして、的確に動けるようにしなければならないのです。
サインについては、掲示ポスターなども販売されていたりします。
ちょっとここでは、許可も取っていないので、掲載できないのですが。
しかし一般的なサインですので、販売されているポスターを共通の合図として利用するのも、手っ取り早いのではないかと思います。
ところで、クレーン以外、たとえばショベルカーや杭打ち機、ブルドーザー等の車両系建設機械などについて、合図の統一は必要でしょうか?
答えは、必要ありません。
クレーンのみ合図の統一が必要なのです。
2.事故現場等の標識のの統一
安全対策を施したり、労働者への教育を行っていても、不測の事態はあるものです。
残念ながら事故が起こることもあります。
またその他にも、危険な箇所は関係者以外の立入りを制限しなければならない場所もあります。
そのような労働者の立入りを制限する場所の標識を統一し、関係請負人の労働者に周知しなければいけません。
具体的に、どのような場所かというと、次のとおりです。
1.タンクの内部で有機溶剤が充満している事故現場
2.高圧工法での気こう室(エアーロック)
3.放射能の線量が一定以上の場所
4.酸素が欠乏している場所
各内容は、各専門則にまとめられていますので、見て行きましょう。
1.タンクの内部で有機溶剤が充満している事故現場
タンク内部などの閉鎖された場所で、労働者が作業する場合、締め切っていない配管から、溶剤が漏れだし、中に充満してしまうことなどがあります。
通常は換気設備や酸素補給用のマスクを着けて作業するのですが、これも十分に機能せず、タンク内で作業していた労働者が中毒になり、倒れてしまうこともあります。
このような有機溶剤の事故について、有機則で次のように規定されています。
【有機則】
有機溶剤が室内に充満している、換気装置が故障するなど、労働者が立ち入ると中毒を起こしかねない場合は、しっかりと換気され安全が確認できるまでは、関係者以外は退避させなければなりません。
救助や対処を行うことができるのは、十分な装備を整えた者のみです。
誰もが立入禁止であると分かるような標識を設置し、労働者の進入を制限する必要があります。
2.高圧工法での気こう室(エアーロック)
急激に圧力の変動を受けた人体には、悪影響があります。
スキューバーダイビングなどでは、海面に出るまでには、一気に上昇したらダメというのは耳にしたことあるのではないでしょうか。
高圧室で作業する前後には、体を圧力に慣らせる必要があります。
この規定の圧力を徐々にかけていくための部屋を気閘室(きこうしつ)いいます。
エアーロックとも言いますので、こちらの方がイメージしやすい方もいるかもしれませんね。
気こう室の定義については、高圧則で定義されています。
【高圧則】
第1章 総則
この省令において、次の各号に掲げる用語の意義は、 1)高圧室内業務 2)潜水業務 3)作業室 4)気閘室 |
無関係の労働者が高圧室の入ったりすると、急激な圧力変化で、体に影響が出てしまいます。
また圧力を調整している部屋を、急に開けたりすると、中にいる人も、急激な圧力変化を受け、体に影響してしまうこともあります。
関係者以外の立入りを制限することは、労働者を守るためにも必要なことなのです。
そのために、気こう室についての標識を定め、しっかりと周知しなければなりません。
3.放射能の線量が一定以上の場所
【電離則】
電離則で指定されている場所は、次のとおりです。
1.放射線業務
2.放射線室
3.エックス線、放射線装置の5m以内の場所
放射線というと、福島第一原発事故などでさんざん話題に上がったので、人体への影響については、ご承知だと思います。
作業の中には、どうしてもエックス線撮影やガンマ線撮影などの放射線を扱う仕事があるのです。
エックス線撮影などの特性は、外面からは見えない内部を確認する事ができことです。
レントゲンなんてのは、その最たる例ですね。
建設現場で使用する鉄骨やコンクリートが、中にヒビがあったり、空洞があれば、その部分が破損してしまう恐れがあります。そのために品質基準がクリアしているかを確認しなくてはいけません。
しかし内部の状況は外からでは見れません。
かといって、壊して内部をチェックするのは、本末転倒です。
そういう場合に、エックス線撮影を使用したりします。
現物を壊さずに、内部の確認検査を行うことを、非破壊検査といいます。
エックス線などの放射線は、とても簡単に言うと物体を通り抜ける性質があります。
この性質を利用して、鉄骨などの内部を壊さずに検査します。
ですから建設資材の品質チェックのためには、エックス線、ガンマ線などの放射線は必要になるケースがあるのです。
とはいえ、放射線が人体に影響があるのは、確かです。
標識を立てて、関係のない労働者が立ち入らないようにしないと行けませんね。
4.酸素が欠乏している場所
【酸欠則】
通常の空気中では、酸素は約21%程度の濃度です。
これが16%未満になると、頭痛や吐き気などの症状が現れます。
12%未満ともなると、死につながる症状に陥ります。
8%未満となると、失神昏倒し、死に至る可能性が高くなります。
酸素濃度は非常に大切です。
酸素濃度が低い(薄い)場所にいると、このような症状が現れてくるのです。
これを酸素欠乏症、略して酸欠症といいます。
地上であれば、酸素濃度が低下するおそれはほとんどありませんが、密閉された風通しの悪い地下室や井戸の底などだと、酸素濃度が低い場所もあり、酸欠症になることもあります。
酸欠則等では、18%以上の酸素濃度の場所でないと作業してはいけません。
当然、十分な換気設備も必要です。
このような酸欠のおそれがある場所に、労働者が入ると、意識を失って事故になりかねません。
そのために、標識をつけ、立入りを制限しなくてはいけないのです。
特定元方事業は、このような場所に関係請負人の労働者が入らないようにするため、標識を統一し、立ち入り制限を行わなければなりません。
標識が曖昧だと、進入を許すかもしれないので、全員が分かり、誰が見ても分かる標識を建てる必要があります。
また標識はあらかじめ全関係請負人に周知し、標識のある場所には労働者が立ち入らないように伝えることも大切ですね。
3.有機溶剤等の容器の集積場所の統一
有機溶剤は揮発して、空気中に充満しします。
そのような容器が関係請負人ごとにあちこちで保管していたら、頭がクラクラしてしまう場所が多くなってしまいます。
そのため、特定元方事業が溶剤の保管場所を一箇所に定めて、全関係請負人はその場所に保管しましょうということです。
溶剤ごとで、扱いは異なるのですが、ここでは個別のものについてまで深入りしないでおきます。
なるべく人体に有害なものに接触するのは、最小限としようということですね。
4.警報の統一
労働者に危険がある場合や、危険作業を行う前には、労働者が近づかないように警報を出さなければなりません。
警報を出す場所としては、次のとおりです。
1.エックス線装置に電力が供給されている場所
2.放射性が照射されている場所
3.発破が行われる場所
4.火災が発生した場所
5.土砂の崩壊
6.(トンネルや圧気室内など周囲に水がある場所など)出水がある場所
7.なだれがある場所
全て労働者が立ち入ると危険な場所だということが分かります。
労働者が警報音や警報用の回転灯を見て、何のことだと分からないと退避が遅れてしまいます。
そのため、事前に警報を統一し、全関係請負人の全労働者に誤解が生じないようにしなくてはいけません。そして近くの労働者は迅速に退避できるようにしなくてはいけません。
危険な場所の危険作業を行う場合には、関係者以外は近づけないようにするのが、最も大切ですね。
5.避難訓練等の実施方法等の統一
(周知のための資料の提供等) 第642条の2の2 前条の規定は、特定元方事業者が土石流危険河川において 建設工事の作業を行う場合について準用する。 この場合において、同条第1項中「第389条の11第1項の規定」と あるのは「第575条の16第1項の規定」と、 同項から同条第3項までの規定中「避難等の訓練」とあるのは 「避難の訓練」と読み替えるものとする。 |
トンネル内での作業中に落盤事故が起こったら。
河川の工事中に土石流が起こったら。
危険場所での作業なので、いつ事故が起こるかわかりません。
事故が起こった場合は、まずは労働者が避難し、身の安全を図るが大切です。
しかしいざ事が起こっても、体は動いてくれないものです。
何をしていいのか、どこへ行けばいいのか、混乱してしまいます。
事前に何も決まっていなければ、オロオロするばかりになって、被害が拡大してしまいます。
そのため、特定元方事業は定期的に避難訓練を実施しなくてはいけません。
他の条文で規定されていますが、大体6ヶ月に1度は避難訓練を行います。
特定元方事業は、避難訓練の時期と実施方法を統一して、全関係請負人に周知し、実施しなくてはいけません。
また避難方法などについては、資料を作成し、関係請負人に配布して、周知する必要があります。
緊急時の対応になりますので、常日頃の準備が大切になりますね。
6.周知のための資料の提供
特定元方事業は、関係請負人の労働者が安全に仕事できるようにサポートしなくてはいけません。
関係請負人は、自社の労働者が作業に着手する前には、作業内容の他、現場特性、危険箇所、安全対策や、他の関係請負人の仕事との抵触範囲などを教育します。
この教育内容には、クレーン合図や立入禁止の標識などの統一事項も含まれます。
この作業前に、労働者に行う教育のことを、一般に新規入場者教育と言います。
文字通り、新たに作業場に入場した労働者に行う教育のことです。
関係請負人が自分たちだけで揃えられる資料は、自社の作業に関する分だけです。
作業場全体の統一事項や他の関係請負人との調整すべきことなどについては、資料として不足します。
特定元方事業は、関係請負人が新規入場者教育を行うにあたって必要な資料を提供しなくてはいけません。
その資料の中には、他の関係請負人が行う作業状況や、どのような関係があるかなども含まれます。もちろん各統一事項についても含まれます。
さらに、作業場で新規入場者教育を行うので、仮設事務所の会議室を使わせるなど、会場の提供も行う必要があります。
危険を防ぐには、まず決まり事をしらなければなりません。
全労働者に周知するための資料提供が、個々人の安全意識を高めるためにも重要なのです。
特定元方事業者の職務について、まとめてきました。
主に建設業を想定している内容だといえます。
建設業の死亡事故は、全体の約30%前後になっています。
全業種の中で、最も多い数字です。
それだけ事故が多いのです。
仕事上、どうしても危険状態に接することは、避けられません。
危険を排除しようにも、やりきれないのです。
各メーカーの多大な努力により機械が進化し、どんどん安全性が高くなり、事故を減らしてきました。
各建設会社の知恵により、工法が進化し、どんどん事故が減ってきました。
それでも事故はなくならないのです。
相変わらず、土砂の倒壊事故が起こってしまいます。
相変わらず、クレーンの事故が起こってしまいます。
相変わらず、酸欠事故が起こってしまいます。
作業方法に原因があったり、管理体制や労働者個人の不安全行動が原因ということもあります。
ただでさえ、事故の多い現場。
特定作業では、その事故の可能性が飛躍的に高くなります。
特定元方事業者は、作業場全ての労働者の安全に責任があります。
そのための統括安全衛生責任者や元方安全衛生管理者を選任しての安全体制なのです。
統括安全衛生責任者が中心となり、関係請負人と協力して、安全で衛生的な現場を、意識的に作っていかなければ、無事故は難しいと言えます。
特定元方事業者の責務は重大です。
しかし、この体制と協力がうまく行けば、とてもよい仕事の完遂となります。
私も建設業に身をおいているので分かりますが、仕事が完了した時の達成感はこの上ないものがあります。
自分が携わったものが、形になるわけですからね。
とても誇りに思います。
無事故で現場を終える。
これはとても誇りにできることです。
形に残りません。残らないからこそ価値があります。
安全の価値は、プロセスにあります。
最後に、誰一人も現場に残らないこと。
これが特定元方事業者の、そして統括安全衛生責任者や元方安全衛生管理者の最大の仕事の成果なのではないでしょうか。
まとめ。
【安衛則】
第639条 特定元方事業者は、クレーンの合図を統一しなければならない。 関係請負人は、決められた合図を使わなければならない。 |
第640条 特定元方事業者は、事故現場や立入禁止の標識を統一しなければならない。 |
【有機則】
第27条 事業者は、有機溶剤の漏洩などの事故が起こった場合、 労働者を退避させ、立入禁止にしなくてはならない。 |
【高圧則】
第1条 高圧則で使用する定義を定めています。 |
【電離則】
第3条 事業者は、放射能が放射されている場所には、標識等で明示しなければならない。 |
第15条 事業者は、放射線が放出される場所では、放射線室を設置して、管理しなけれがならない。 |
第18条 事業者は、放射線にさらされる場所は、労働者が立入禁止にしなければならない。 |
【酸欠則】
第9条 事業者は、酸欠の危険がある場所では、労働者を立入禁止にしなければならない。 |
第14条 事業者は、酸欠の危険が生じたら、労働者を退避させなければならない。 |
第641条 特定元方事業者は、有機溶剤等の容器の集積箇所を統一しなければならない。 |
第642条 特定元方事業者は、警報を統一しなければならない。 |
第642条の2 特定元方事業者は、避難等の訓練の実施方法等を統一しなければならない。 |
第642条の2の2 特定元方事業者は、土石流危険箇所などの周知する資料を関係請負人に 提供しなければならない。 |
第642条の3 特定元方事業者は、関係請負人が行う新規入場者教育のため、 危険箇所などを周知する資料の提供などの支援を行わなければならない。 |