○ショートストーリー”猫井川ニャンのHH白書”

猫井川ニャン、傾くクレーンにヒヤリ!

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こんなヒヤリハットがありましたので、対策とともにご紹介したいと思います。

(株)HHCでは、この数ヶ月請け負っていた工事が完了したため、今日は現場の後片付けをすることになりました。

現場近くの用地を借り、仮設事務所と資材や建設機械の仮置き場として活用していました。
契約は今月いっぱい、今週中には全部引き上げ、元通りにして返却しなければなりません。

今日のメンバーは、保楠田コンをリーダーとして、猫井川ニャン兎耳長ピョンです。
この3人で後片付け作業を行うことになりました。

「それでは、兎耳長さんは重機で、場内を均していってください。
 俺と猫ちゃんは、事務所内の荷物を運び出して、事務所の撤去をやっていきます。
 事務所を運びだしたら、ゴミとかを拾って、終わらせましょう。」

現場に到着後、保楠田は作業の段取りについて話しました。

「それでは、ささっとやっていきましょう。」

保楠田の号令で、全員持ち場に移動しました。

兎耳長は、ショベルカーに乗り込んでの場内整備です。
借地内は土の地面ですが、大型の重機やトラックなどが出入りしたので、かなり凸凹の状態で、所々水たまりができていました。
これを平に均して、砕石つまり砂利を敷いていきます。

保楠田と猫井川は、仮設事務所の片付けです。
仮設事務所の中には、テーブルや椅子だけでなく、ホワイトボードなど様々な事務用品があります。
まず中にある荷物を全て運び出してから、建物を運び出すのです。

「猫ちゃん、まず小物を運び出してから、テーブルとか出していこうか」

保楠田と猫井川は、細々としたものから、大きめの事務用品を運び出し、トラックに積んでいきました。

「大体、出したから。机とか椅子に取り掛かろう。」

二人して重めの机や椅子を運び出しては、トラックに積み込みして、しばらくすると事務所中が空っぽになりました。

「これで、全部ですね。このトラックの荷物はどうしましょう?」
猫井川が保楠田に訪ねました。

「ここ引き上げるときに、ついでに持ち出せばいいよ。
 とりあえず、休憩しよか。
 兎耳長さんも呼んでくれる?」

そこで、猫井川は兎耳長に合図し、三人で休憩に入りました。

兎耳長の作業も順調そうで、均し作業はほぼ完了し、残りは砕石敷というところまでです。

「兎耳長さんは、あとどれくらいで終わりそうですか?」

保楠田は尋ねます。

「う~ん、あと1、2時間くらいもあれば、終わると思うけども。
 まあ、そうだな。そんなところかな。」

いつもの間延びした話し方で、兎耳長は答えました。

「こっちも後は事務所の積込みだから、小一時間くらいで終わりそうですね。

 ところで、猫ちゃんは移動式クレーンの技能講習がこの前だったよね。
 ちゃんと受けた?」

「ええ。もちろん、行きましたよ。
 ばっちり資格持ちなので、クレーン使えますよ。」

「それじゃ、積込みは任せてもいいかい?」

「はい、分かりました!」
猫井川は、元気に返事をしました。

猫井川は、先月に移動式クレーン運転技能講習を受講したばかりなのです。
今までは、玉掛けや周りでの作業しかできなかったのですが、これからはクレーンも使えるようになり、ちょっと得意げなのです。

休憩が終わり、作業を再開しました。

兎耳長は、またショベルカーに乗り、砕石を敷き均していきます。

「猫ちゃん、俺は兎耳長さんの砕石敷を手伝うから、事務所の積込みお願いね。」

「はい、任せておいて下さい!」
猫井川は返事し、乗ってきた4tユニック車(クレーン装置付きのトラック)に乗り込みました。

仮設事務所の大きさは、この4tユニック車の車台いっぱいで載せることができます。

仮設事務所ギリギリまで車を寄せられなかったので、少し離れた場所に配置しました。
アウトリガーを伸ばしていると、遠くから保楠田が大声で叫んでいます。

「猫ちゃん、なるべく車近づけないと、吊れないから気をつけてね。」

「はい、了解です」

猫井川は、今の位置でも大丈夫だろうと思い、アウトリガーを設置し、作業の準備をしました。

仮設事務所の屋根に登り、四隅にあるリングにワイヤーを通しました。
リモコンでクレーンのアームを伸ばし、クレーンのフックに掛けました。
初めてのクレーン作業なので、しっかり固定されているのも確認しました。

ややアームが長く伸びているので、車の位置が少し遠かったかもと不安に感じました。
しかし今さら、フックを外して、車の位置を直すのも手間だと思い、これくらいなら許容範囲だろうと作業を続行しました。

いよいよクレーンで吊上げます。

全体が見える位置に付き、リモコンで操作を開始しました。

横に寝ているアームを上に上げていくと、ウイーンと大きなモーター音がします。

遠くでは、保楠田が作業の手を止め、見ています。

モーター音は大きくなっているものの、事務所はガタン、ガタンと少し浮き上がっては、落ちるを繰り返しています。
うまく吊上げられません。

「あれ、重いかな?」

事務所の重量は1tもありません。計算上では十分に吊上げられる重さです。

少しワイヤーを巻上げて、またアームを上に立てていきます。

「猫ちゃーん、大丈夫?」

「大丈夫でーす。」

猫井川は、保楠田に返事をして、再度吊上げました。

その時です。

事務所と反対側のアウトリガーが、ふわっと浮き上がりました。
吊り荷に引っ張られ、車体が斜めになっています。
今は片方のアウトリガーだけで、車体を支えている状態です。

「あ、やばい!」

猫井川は急いで、リモコンを操作し、アームを下におろしました。

ガフンと大きな音がして、車体は水平に戻ります。

あのまま続けていたら、クレーンは転倒していました。
そう考えると、猫井川の背中に冷たいものが流れていきます。

「危なかった。。。」

小声でつぶやくと、背後から、

「うん、ちょっとドキッとしたね」

との声。

いつの間にか、保楠田が側に来ていました。

「いったんワイヤー外して、もっと車を近づけた方がいいね。」

保楠田は、怒るでもなく話します。

「・・・はい。」

猫井川は、素直に従うことにしました。

その後は保楠田の指示の下、猫井川は車体の位置を改め、次はうまく吊り上げることができました。

「まあ、最初は分からないことが多いから、これから経験積めばいいよ」

猫井川のクレーン作業デビューの感想は、保楠田の背中の大きさを感じたのでした。

猫井川のクレーン操作のデビューは、少し背筋が冷えたものだったようです。

普段、ベテランの作業を見ていると、とても簡単そうにやっているように思います。
しかし、いざ自分でやろうとすると、なかなか難しかったりするものです。

料理番組を見ていると、料理人が野菜をトントンと小気味よく切っているのを見ますが、これも自分がやってみると、全然うまく行きません。
調子に乗って真似をすると、怪我をしたりします。
私も先日、玉ねぎのみじん切りをしていた時に、指を切ってしまいました。

クレーンに限らず、どのような作業も見ているだけでは、分からないことがたくさんあります。
今回の猫井川の場合は、クレーンの配置位置がそれに当たります。

クレーンは、アームの長さやアームの傾斜角、荷物との車体の距離とで、吊り荷重が異なります。
この吊り荷重を定格荷重といいます。

定格荷重は、条件によって変化するのです。
車体から遠くなればなるほど、定格荷重は小さくなります。
これを計算して、クレーンの位置を決めなければならないのです。

このことは、実際に荷物を持つと体験できると思います。
腕をまっすぐ前に伸ばして、荷物を持つと軽いものでも、結構力が必要になります。
しかし腕を曲げ、体の近くで下から上に荷物を持ち上げる方が、簡単に持ち上がります。
クレーンも同様なのです。

最大の定格荷重は、アームを最短にした時のものなのです。

また仮設事務所のサイズも4t車の車台いっぱいということなので、大きいものです。
全体重量が重くなくとも、吊り上げるときのバランスにより、負荷がかかってしまうのです。

猫井川は、まだこの感覚が未熟だったのですね。

重いものが片側に掛かってしまうと、アウトリガーがどんなに踏ん張っても、踏ん張り負けてしまいます。
もし、あのまま作業を続けていたら、クレーンは転倒していたかもしれません。

そうなると、大きな事故になります。

今回はとっさに荷物を下ろしたので、転倒には至らなかったですが、目の前でアウトリガーが浮き上がるのを見たら、そうとうドキッとしたはずです。

このアウトリガーが浮き上がってしまうこと、案外多いのかもしれません。
実は私も数度、そんな状態になっているのを見たことがあります。

作業者は、よくあることなのか、そんな状態でも作業を続行させていましたけども。

危険と思われることに、ヒヤリもハットもしないのは、危険に対しての不感症です。
そんな慣れは、あまりよろしくないですね。

さて、今回のヒヤリハットをまとめたいと思います。

ヒヤリハット 移動式クレーンで、仮設事務所を吊り上げていたら、車体が傾いた。
対策 1.吊り荷と車体の位置を確認し、最適な車体配置とする。
2.定格荷重を検討し、十分な能力がある機械を選定する。

クレーン作業を行う場合は、何もなしに行うのではなく、事前の調査と検討が必要になります。
作業配置、機械の能力など、十分な検討を行いましょう。

特にクレーンの吊り能力は、コストもかかるので過剰である必要はありませんが、ギリギリなのも不安です。必要十分な能力のものを選定しましょう。

今回ヒヤッとしたことで、今後は猫井川も事前にあれこれ考えるようになると思います。
事故を起こすのは考えものですが、ヒヤリハットを経験して、次に活きる経験になるならば、失敗も大切なことですね。

保楠田が優しく指導したことは、猫井川の身になっていくと思います。

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