○書評

書評 「空飛ぶタイヤ」

事故の話かと思って、手に取にとったのですが。

「空飛ぶタイヤ(上)・(下)」
池井戸潤著 講談社 H18.9.15

走行中のトレーラーのタイヤが外れて歩行者の母子を直撃した。

ホープ自動車が出した「運送会社の整備不良」の結論に納得できない運送会社社長の赤松徳郎。

真相を追及する赤松の前を塞ぐ大企業の論理。家族も周囲から孤立し、会社の経営も危機的状況下、絶望しかけた赤松に記者・榎本が驚愕の事実をもたらす。

安全や衛生に関するブログを書いていると、自然とそういった関係の書籍や記事に目が向くようになります。

事故のニュースを見ると、事例として考え、同種の事故を防止するために、どうしたらよいかを考えてしまいます。
もっと言うと、ブログするためにはと考えてしまいます。

良いのか悪いのかは分かりませんが、「事故」、「安全」というキーワードに敏感になっています。

そんな中で手にしたのが、この本「空飛ぶタイヤ」です。
トレーラーのタイヤが外れるという事故。

タイトルからして、大きな事故にまつわる、あれこれを取り扱った小説なのではと思い手に取りました。

しかし読み始めてすぐに気がついたのですが、これは車両事故の話ではありません。
事故は物語の始まりを意味します。
本編の内容は、いわば経済小説と言えます。

著者の池井戸潤さんは、「半沢直樹」シリーズを書かれている方であって、銀行や企業の内情を生々しく、そして痛快に書かれています。

「空飛ぶタイヤ」は、そんな池井戸さんが書く、ホープ自動車という大企業にまつわる群像劇です。

事故を起こした会社は、赤松運送という中小の運送会社です。

客観的に考えると、走行中にタイヤが外れるという事故なのですから、整備不良が考えられます。
しかし、原因は整備不良なのか。

事故により赤松運送は窮地に立たされます。

世間は事故を起こした会社に、決して優しくはありません。
一つの事故が倒産を招くことも十分あるのです。

会社と従業員を守るために、赤松運送は財閥系自動車メーカーという巨人に闘いを挑みます。
社員数で言うと、90 対 数万 の闘いです。

物語は、赤松運送の二代目社長、赤松徳郎と従業員たちの闘いを主軸に置いて進みます。

一方のホープ自動車は、この赤松運送は眼中にありません。
カスタマー戦略室、製造部、品質保証部など、むしろ関心事は、社内のこと。

大企業がゆえに、一枚岩になれず、様々な思惑が入り交じっています。

さらに、グループ銀行である、ホープ銀行の思惑も絡んできます。

事故の背景には何があるのか。
この事故によってもたらされるものは何か。

赤松運送、ホープ自動車、ホープ銀行。
それぞれの立場の視点を通じ、やがて事故は事件になっていくのです。

人の思惑が一気になだれ込み、最後まで読んでしまう作品でした。

この小説の元ネタになっている事件は、まだ記憶に新しい三菱自動車のリコール隠しです。
このリコール隠しは、2000年と2004年に続けざまに起こりました。
小説の舞台は、2004年のリコール隠しです

「空飛ぶタイヤ」のタイトルになった事故も実際に起こっています。
2002年の「横浜母子3人死傷事故」が、それに当たります。

この事故を起こした会社、作中で赤松運送のモデルになった運送会社は、この事故をきっかけに廃業に追い込まれてしまったようです。
赤松運送も資金繰りや取引先からの取引停止、社員の退職など、事故の影響を受け窮地に追いやられます。
しかし渡りに船という感じで、薄氷を踏みながらも何とか乗り切っていきました。

池井戸さんは、執筆にあたって相当な取材をされたと思います。
ホープ自動車の社内では、どのような事が起こっていたかも、取材されていると思います。
実際の三菱自動車でも同じかどうかは分かりません。

「企業の常識は、世間の非常識」、「銀行の常識は、世間の非常識」。
作中のホープ自動車やホープ銀行では、そのような光景が見られます。
また作中人物たちも、自嘲気味にこういったセリフを吐きます。

どうしても赤松運送目線で読み進めるので、腹立たしさも感じます。
しかし、後半に徐々に状況が変わっていき、とうとう運命の日、実際の事件でいうところの、2004年3月11日を迎えます。

途中の腹立たしさ、悔しさが、痛快な気持ちに昇華する瞬間です。

読後の感想は、とても痛快な気持ちになります。
こればっかりは、実際の事件との大きな違いでしょう。

最近は、移動式クレーンに関する法律を中心にまとめていたのですが、移動式クレーン等の特定機械は、検査検査で非常に手間のかかるプロセスを経て、使用に至ります。
使用してからも、定期的に検査を受けなければなりません。

なぜこのような検査を経るかというと、事故を起こさないためです。
メーカー、行政、使用者。
全ての人たちが、いかに危険な作業を事故なく行い、終えるかを目指しているからです。

誰かが役割を疎かにするだけで、事故が起こり、この小説の冒頭のように、命を奪うことも起こりえます。

製造メーカーの人たちは、性能品質の向上と安全性の向上、どちらも今でき得る最大限を尽くしているはずです。
作中のホープ自動車もそうでしょう。

残念ながら、リコール隠しを犯しましたが、当然三菱自動車も同じはずです。

リコール隠しは、我が身可愛さに走った結果です。
愛社精神と自己愛が混ざっているのかもしれません。
ある種の歪んだ愛情ではないかと思います。

いいものを作ろうとしても、失敗してしまうことは、多々あります。
それは仕方ないことです。

「空飛ぶタイヤ」はある種、勧善懲悪の物語です。
勧善懲悪の物語は、痛快です。
読後の爽やかさは、この上なしです。
この上ないエンターテイメントです。

一方、人の心を打つのは、挫折から立ち上がる物語です。
英雄譚は、苦難を克服する物語です。

ギリシヤ神話で、ヘラクレスは自ら招いた罪のため、7つの偉業を成し遂げました。
巨人三菱自動車は、苦難を乗り越えられるか。

作中のホープ自動車、実際の三菱自動車の立ち上がる物語は、まだ途上です。

心を打つ物語になるかどうかは、今後の話でしょうね。

「空飛ぶタイヤ」は、「読者の快感、企業の冒険の序章」
そんな話です。

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