○ショートストーリー”猫井川ニャンのHH白書”

エスパニョール鼠川、久々の現場につまづく

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こんなヒヤリハットがありましたので、対策とともにご紹介したいと思います。

鼠川チュウ一郎。当年62歳。

その日、彼はいつもより早起きでした。

長年、建設業に携わっていましたが、2年前定年ということで、引退しました。
引き止める声も少なくなかったものの、一つの区切りだと思い、退職したのでした。

その後、鼠川は気が向くままに過ごそうとしました。

趣味を持とうとゴルフをやってみたり。
一昔前の男の趣味としてありがちな、そば作りをやってみたり。
海外旅行をしてみたり。

どれも楽しいものの、長続きはしなかったのです。

唯一、続いたのが、ダンス。
60歳を過ぎてから始めたので、体力的には厳しかったものの、上達が実感できて、楽しめていたのでした。

そこで出会ったのが、後々伴侶となるラータでした。

彼女はスペイン人ですが、両親が長年、日本でスペイン料理店をやっていたこともあり、流暢に日本語を話すことができます。

彼女は、鼠川のダンスの先生でした。

彼女の両親とは、以前より顔も見知りであったし、彼女ともレッスンで一緒の時間を過ごす時間が多かっとはいえ、結婚することになるとは、彼自身も思いもよりませんでした。

年齢差は33歳。倍以上離れた娘と、あれよあれよと結婚に至りました。

パートナーを得ると、今後の生活を守る責任感が出てきます。
年金だけでは心許ありません。

仕事をやめてからウツウツとしてた仕事欲と、家族への責任があり、以前勤めていたHHCの社長に、仕事について相談に言ったところ、職場への復帰が決まったのでした。

62歳の再就職。

鼠川は、ラータにいってきますと言い、キスされて送り出されると、張り切って仕事に向かいました。

「あ、鼠川さん、おはようございます。」

職場に着くと、猫井川ニャンが声をかけてきました。

「おう、おはよう。
 猫井川だったな。
 今日からよろしくな。」

鼠川が引退した後に、入ってきた猫井川と挨拶をします。

「あと、エスパニョール鼠川だからな。」

勢いで言ってしまった改名設定でしたが、案外本人も気に入ったらしく、これで押し通すようです。

猫井川は、苦笑いしか出ません。

「鼠川さん、おはようございます。」

事務所には、保楠田、そして羊井、犬尾沢たちが来ました。

「えっと、今日からエスパニョールさんは、どの現場に行くの?」

保楠田が、尋ねました。
すると、犬尾沢が言いました。

「社長から俺の現場でと聞いてますので、一緒に来てください。」

「おう。任せとけ。」

鼠川の返事に、犬尾沢が一言添えました。

「ちょっとブランクがあるので、徐々にカンを取り戻す感じでやっていって下さい。
 あまり、最初から飛ばさないようにしてください。」

「大丈夫だ。たった2年のブランクなど、問題ないわ。」

そう言って、自信満々に笑う鼠川に、安心感があるとともに、少々の不安を感じるのでした。

「それじゃ、現場に行きましょう。」

犬尾沢、保楠田、猫井川と鼠川は、昨日配筋と型枠を終えた現場に向かいました。

「・・・以上が、今日の仕事の段取りです。
 猫井川は、コンクリート打ちの準備をしてくれ。
 鼠川さんは、猫井川と一緒に作業して下さい。

 鼠川さんは、初日なのでムリしないようにしてください。
 あと、猫井川に指導できるところはお願いします。」

犬尾沢が全員の役割を伝えると、それぞれ仕事に移りました。

「猫井川、今日は何の検査するんだ?」

鼠川が聞きます。

「配筋と型枠ですよ。それが終わったらコンクリートです。」

「そうか、昔は自主的に検査やるだけだったんだけどな。
 どんどん厳しくなって、立ち会ったりするようになったな。」

「そうなんですか。
 コンクリート打てるようにシュートと、バケットの準備とかしていきましょう。」

犬尾沢たちが検査の準備を進めている一方で、猫井川たちはコンクリート打ちの資材を準備しようとしました。

猫井川は、いつも犬尾沢に言われているように、小分けして材料を運んでいきました。
その様子を見ていた鼠川は、少し口を尖らせて言います。

「そんなものはな、ある程度まとめてもっていけばいいんだよ。」

「いや、確かにそうしたいんですが、いつも犬尾沢さんに、足元が見えなくなったりするのはダメだと言われているんですよ。
 あまり抱えすぎると、怒られちゃうんです。」

「あいつも、慎重になったなー。
 任せとけ。これくらい運べるわ。」

そういうと、鼠川は一人で大きなコンパネの板を抱えると、運び出しました。

「鼠川さん、一緒に運びますから、ちょっと待って下さいよ。」

「大丈夫だ。こんなのはよく一人で運んでた。」

それ以上は強く言えない猫井川。

「まあ、本人が言うならいいか。」と、鼠川に任せました。

ややふらついている様子もありますが、しっかり歩けてそうでした。

「鼠川さん、大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。それにわしはエスパニョール鼠川だ。」

「ははは、ずっと言ってますが、それって何ですか?」

「それはな・・・」

と、鼠川が答えようとした時でした。

鼠川のつま先が、固いものにぶつかりました。

いきなり足元がぐらつく鼠川。
力の入れようがありません。

前のめりに倒れこみ、そのまま地面に転んでしまったのでした。

「鼠川さん、大丈夫ですか!?」

猫井川が、大急ぎで駆け寄り、声をかけます。

「う~ん、大丈夫だ。
 コンパネがうまいことクッションになってくれた。」

どうやら鼠川が転んだ時に、コンパネが先に倒れ、鼠川と地面の間に入り込んでくれたようでした。

「怪我はないし、足も痛めてない。
 大丈夫だ。」

「驚きましたよ。気をつけてくださいよ。」

と、二人してホッとしてたところ、

「コラー!」

犬尾沢の怒鳴り声が響き渡りました。

「猫井川、なぜ一人でコンパネを運ばせてるんだ!
 鼠川さんも、無理するなといったじゃないですか!!」

猫井川も鼠川も、その怒鳴り声にしゅんとしてしまいます。

「昔はこれくらい平気だったのにな」

鼠川は、小さくつぶやいたのでした。

引退した鼠川が2年ぶりに職場復帰し、さっそくやらかしてくれたようでした。

冒頭は鼠川のモノローグのような感じだったので、主人公が変わったかのようになってしまいました。

職場で働く人には、それぞれ事情とドラマがあります。
鼠川にもドラマがあるのです。

なぜエスパニョール鼠川などと言っているのか。
答える前に、転んでしまったのですが、どうしたもんですかね。

さて、今回のヒヤリハットは、転倒です。

鼠川は、定年を迎えてからの職場復帰ですので、他の人たちより高齢です。

団塊の世代が定年を迎え、多くの人が一度に引退することが、一つの問題になっています。
どのようなことかというと、知識や経験が失われること、人手が不足するといったことです。
これらのことは、大きな課題になってきます。

一方では、60歳を越えても、仕事をしている人は、今は少なくありません。
多くの方が引退されていきますが、定年を迎えた後も、職場に残ってもらい、後輩の指導などで活躍が期待される方もいらっしゃいます。

高齢者の方が仕事を行う場合に、注意しなければならないことがあります。
それは、加齢による身体機能の衰えです。

誰でも年をとると、筋力は衰えますし、眼や耳も弱くなります。
衰えはあるのものなのです。

一方では、それを認めたくないのも人間の心理。

若い時にできたことは、今でもできると思い、無茶をして、転んだり、腰を痛めたりすることもすくなくありません。

また、昔はかなり無理のある仕事をしていた経験から、安全を軽視するというのも耳にします。

私は、昔は重いものでも手で運んでたんだと言い、今の若いものはすぐにクレーンを使うと、愚痴っているのを聞いたことがあります。

昔はそうだったかもしれませんが、今は違うということは、たくさんあるのです。

体が衰えると、転倒事故が増えます。
どうしても足元への注意が不足したり、足を動かす運動が衰え、頭で考えているように動いていないこともあるようです。

事故防止は、本人だけでなく、周りも一緒に取り組むべき課題と言えますね。

それでは、今回のヒヤリハットをまとめます。

ヒヤリハット コンパネを1人で運んでいたら、石につまづいて、転んだ。
対策 1.重いもの、大きなものは1人で運ばない。
2.通路の障害物をなくす。または少ないルートを歩く。
3.足元への注意喚起を行う。

年令に関係なく、一つのことに集中すると、他のことが疎かになりますが、年齢を重ねると、その傾向が、強くなります。

そのため、荷物を運んでいたら、足元への注意が行き届かなるのです。

大きな荷物を運ぼうとしたら、高齢者であろうとなかろうと、止めて、一緒に運ぶのが安全ですね。
無理をしすぎないことが大事です。

また、あらかじめ、つまづく要素を取り除くのも大切です。
屋外であれば、あまり石がないルートを通ったり、目につくものは取り除けます。
倉庫や工場であれば、通路に荷物を置かないことを徹底しなければなりません。

忘れても、すぐにハッと思い出させるように、目立つ掲示をすることも大事です。
自分も周りの人も注意しなければと、思い出す環境づくりも事故予防に大切です。

高齢者の方と仕事する場合は、安全に仕事ができるようにしなければなりません。
障害物をなくしたり、案内や掲示を大きな文字にしたり、警報音を大きくしたりなど、様々な工夫が必要になります。

今後は、鼠川が加わったので、そのようなヒヤリハットも取り上げていけたらと考えています。

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