○ショートストーリー”猫井川ニャンのHH白書”

鼠川、一酸化炭素の世界に半歩踏み入れ、この世から半歩はみ出す

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こんなヒヤリハットがありましたので、対策とともにご紹介したいと思います。

犬尾沢たちはコンクリートの打設作業を行っていましたが、正午を前に予定通り完了しました。

「それじゃ、俺たちは別の現場に行くから、鼠川さんは猫井川と、仕上げを頼みます。」

犬尾沢はそう言うと、後片付けの準備を始めました。

「コテとかスポンジはあるな?猫井川?」

「はい。大丈夫です。」

「一応、もう1セット残しておくけど、頼むよ。今日は暑いから、手早く仕上げていかないと、ヒビ割れを起こすから注意な。」

そうして、犬尾沢たちは、現場を離れていきました。

あとに残ったのは、エスパニョール鼠川に猫井川の2人だけです。

「それじゃ、コテで仕上げていくか。
 猫井川は、スポンジで浮いた水を取って行ってくれ。」

鼠川が、金コテを手にして、打ったばかりのコンクリートに向かっていきました。

「足場は残して行いと、中心部は難しいな。」

などと言いつつ、表面に浮いた水をスポンジに吸収させ、コテで均していくのでした。

「今日は気温も高いから、数時間もすれば、落ち着くだろう。
 猫井川は、コンクリートの仕上げとかはやったことあるのか?」

手を素早く左右に動かしながら鼠川は尋ねました。

「何度かです。でも最後の仕上げまでは、まだやらせてもらえないですね。」

「これは年季が要るからな。キレイに仕上げるようになるのに、ワシも十年以上かかったもんだ。」

「そんなにですか!?」

「今でこそやりやすくなったけど、昔はもっと大変だったぞ。」

「へー、仕上げも時間がかかったんですか?」

「それもあるな。コンクリートの品質も違ったからな。
 そういえば、一度コンクリートで死にかけたことがあったぞ。」

「え、そうなんですか?
 また何でそんなことになったんですか?
 聞かせてくださいよ。」

「んん、まあ作業しながら、話してやるか。

 これは、ワシがまだこの業界に入って、しばらくしてからのことだ・・・」

今から30年以上前の出来事です。

若き日の鼠川は、当然のことながらまだエスパニョールなどと自称しておらず、ただひたすらに仕事に打ち込んでいました。

ある年の冬、鼠川は先輩たちとともに、建物基礎のコンクリート打設を行ったのでした。

「おい、鼠川。一応これで仕上げは終わったから、養生だけしっかりするぞ。
 シートとかぶせるだけじゃ凍ってしまうから、中で火鉢入れとけ。」

「火鉢ですか?シートの中にですか?またどうして?」

バカ野郎!そのままにしてると、コンクリが凍るだろうが。
 固まるまで凍らないように、火鉢で温めておくんだよ。
 2、3個入れておけよ。」

「なるほど。やっときます。」

冬場に注意しなければならないことは、寒さです。
コンクリートが固まるまでに、内部の水が凍ってしまうと、それがヒビ割れの原因となり、強度の低下を招いてしまいます。

凍結を防ぐために、凍らない程度に保温する、混和剤を混ぜるなどもありますが、昔は養生シートの内部に火鉢に練炭を燃やし、温めるという方法もとられていました。

鼠川も、先輩の指示に従い、火鉢を3箇所に置きました。
そうして、風が入らないように、周りをピッタリと覆いました。

「よし、もう少し温かくなってきた。これで夜の間も冷えずに済むかな。」

「鼠川、養生は終わったか?
 よし。それじゃ今日はしまうか。
 明日の朝一で、コンクリが凍ってないかを確認するんだぞ。」

「はい、分かりました。」

そうして、鼠川たちは、その日の作業を無事終えたのでした。

翌日。

また現場に戻ってきた鼠川は、機能先輩に言われたとおり、早速養生シートの下のコンクリートの状態を確認に向かいました。

養生シートの前に来ると、シートをめくり、そのまま中に足を踏み入れようとした時でした。

「バカ野郎!!!」

鼠川の背後で、先輩の大きな怒鳴り声が響いたのでした。

ビクッとして、動きを止める鼠川。
身をすくめて、後ろを振り返ると、先輩がずかずかと近づいてきました。

「鼠川、バカ野郎!
 そのまま入ったら、死んじまうぞ。」

「えっ!?」

思いもよらず「死」というフレーズが出てきたたので、ドキッとしますが、なぜなのかがいまいちピンときません。
そんな不安と疑問が入り混じっていると。

「中で練炭を焚いてるんだろうが。
 換気が悪い中で、練炭焚いてたら、中は一酸化炭素だらけだぞ。
 そんなもの少しでも吸ってみろ!
 あっという間に、あの世行きだろう。」

先輩は口早に、説教しています。

「えっ!?」

鼠川は、シートの内側に半歩踏み込んだ足元を見て、改めて命の危機半歩手間であったことを悟りました。
その瞬間、冬の朝の寒さの中、背筋によりいっそう冷えた汗が一筋流れるのを感じたのでした。

「危なかったんですよね。」

「死にかけだな。
 中の様子を見る前に、まずシートを開けて、中の空気を入れ替えろ。
 様子見はそれからだ。
 
 よし、手伝え。」

先輩はそう言うと、自らシートをめくり始めたのでした。

「は、はい。」

少し冷え込んみを深めた鼠川は、一緒にシートをめくり始めたのでした。

・・・

「・・・とまあ、こんな感じでな。
 もうちょっとで、死ぬところだったよ。」

鼠川の話は、そう締めくくられました。

「冬は暖気することはありますけど、やばいですね。」

「おう。今はともかく、冬場はな。
 今は火鉢を使うのは減ったが、昔はそれで事故もあったんだぞ。」

「一酸化炭素とかは、見えないから怖いですね。」

「そうだな。見えない分、わからないからな。」

そう言いつつ、一旦作業の手を止めたのでした。

「それにしても、昔は鼠川さんも怒鳴られたりしてたんですね。」

「そりゃそうだ。昔の先輩は怖かったぞ。」

「犬尾沢さんも、十分怖いですけどね。」

猫井川は自分が叱られていることを思い出し、そう言いました。

「それは遺伝かもしれんな。
 なんせ、あいつの親父さんも怖かったからな。」

しみじみと鼠川がそう言うと、

「え、犬尾沢さんのお父さんを知ってるんですか?」

思いもよらぬ返答に、猫井川は驚きの声を上げました。

「おう。さっきの話しに出てた先輩。あの人が、犬尾沢の親父さんだよ。」

「えーっ!?まじっすか。」

犬尾沢親子と縁のある鼠川。

どうやら、犬尾沢父から鼠川、そして犬尾沢息子に受け継がれていくものがあるようでした。

今回は、鼠川と犬尾沢親子との因縁をはさみつつ、一酸化炭素中毒のヒヤリハットです。

一酸化炭素は、火事などのニュースでおなじみですね。

物が燃える際、酸素が不足し、不完全燃焼だった場合などに発生します。
その成分は、人体にとって猛毒で、ほんのわずかな量で意識を失い、死に至ります。

とんでもなく恐ろしい物質なのです。

一酸化炭素は目に見えません。
そのため、室内に充満してても、気づかずに突入し、倒れることも少なくありません。

今は減りましたが、冬季のコンクリート養生で、火鉢を使っていたときに、一酸化炭素中毒での事故も少なくありませんでした。

冬のコンクリート工事での大敵は、寒さによる凍結です。
身近なもので暖をとるのはいいのですが、恐るべき副産物も生成していたのでした。

鼠川が、もしさらに半歩踏み入れていたならば、命を落としてしまったかもしれません。
それほど切迫していた事態なのでした。

現在では、火鉢の代わりに電気をストーブやヒーターなどを使用して、暖をとります。
またコンクリートそのものに混和剤を入れて水分量減らすなど、凍結しない材料を使用したりします。

とはいえ、コンクリートの暖に限らず、閉鎖された部屋などに入る場合には、換気をすることが、何よりも重要です。

ヒヤリハットをまとめます。

目には見えないものでも、危険なものはあります。 換気の重要性は、しっかり認識しておくことが大切ですね。 さて、犬尾沢親子まで登場しました。 激しく怒鳴っていた父親は、いつか登場するのでしょうか。

ヒヤリハット 冬場にコンクリートの養生で火鉢を使っていたら、一酸化炭素中毒になりかけた。
対策 1.火鉢などを使っている空間に入る前には、喚起する。
2.一酸化炭素などのガスが溜まっているおそれのある場所では、入る前に測定する。
3.冬場のコンクリートの養生では、一酸化炭素が発生しない方法を取る。

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