○ショートストーリー”猫井川ニャンのHH白書”

鼠川、恋は落ちてくるものであると宣言す

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こんなヒヤリハットがありましたので、対策とともにご紹介したいと思います。

index_arrow 第38話「鼠川、恋は落ちてくるものであると宣言す」

猫井川と鼠川は、先日打設して仕上げを行ったコンクリートが固まったことを確認し、型枠を外す作業を行うことになりました。

「最近は、あんまり忙しくないですね。」

カンカンと型枠を叩き、クギを抜きながら、猫井川が話しかけます。

「そうだな。どうしても公共工事となると、年度末が忙しくなるが、夏時分は手が空くからな。」

鼠川も、カンカンと音を立てながら、型枠を外していきます。

「2月とか、3月に何でもかんでも集中するんじゃなくて、
 年間を通じて平均的に仕事がればいいんですけど。」

「まあ、この仕事をやってたら昔から、そう思うな。
 でもトンネルとか、数年通じてやる工事も大変だぞ。」

「そうなんですか。俺はまだ何年も、1つの現場に入っているというのはないんで、わからないです。」

「山奥でトンネル工事は、冬は寒いし、トンネルの中は暑いしな。
 それにずっと近くの民宿とかだから、テレビくらいしか楽しみがないんだぞ。
 それが2年も3年も続いてみろ。大変だぞ。」

「うへー。ずっと同じとこにいるのなんて、きついですね。」

「もう、ワシは引退して、手伝いくらいしかしないが、お前はこれから可能性があるな。」

「その時は、鼠川さんも一緒に行きましょうよ。」

「バカ言うな。嫁さんを置いていけるか。」

「あー、まだ新婚ですもんね。いいなー。  
 そういえば、どうやって出会ったんですか。」

「あははは。興味あるか?」

「そりゃそうですよ。」

「そうか。でも昼間話すことでもないな。今夜飲みに行くか?」

「そうですね。今日も早く帰れそうだし、付き合いますよ。」

「よし、それじゃ。早いところ、型バラシも終わらせちまおう。」

そんな話をしながら、2人はどんどん型枠を外いていきました。

作業は順調に進み、お昼前には全ての型枠を外し終え、セパ穴の補修なども終わったのでした。

「よし、これで全部終わったな。」

汗を拭いながら、鼠川は言いました。

「そうですね。意外と早く終わりましたね。」

猫井川も、上着をバタバタして、服の中に風を入れながら答えました。

「これはどこに持って行くんだ?」

外し終えた型枠を、トラックに積み込みながら、鼠川は聞きました。

「犬尾沢さんからは、会社の倉庫に持ってくるようにと言われてます。  
 また使うから、クギは抜いておいてくれとか。」

「クギ抜くのか?また面倒なことだ。」

顔をしかめながら、鼠川が言います。

「最近渋いので、再利用するらしいですよ。」

「そうなのか!?再利用できるのか?」

「さあ、わかりませんけど。  
 とりあえず、そういう指示なんで、帰ってやりましょう。」

「その作業だけで、今日は終わりそうだな。」

「全くです。」

そう言うと、全ての材料を積み終え、2人は会社に戻って行きました。

会社の倉庫に戻り、午後いっぱいをかけて、型枠の組み立て時に打ち込んだクギを引き抜いていきます。

クギを打ち込むよりも、引き抜くほうが手間も時間もかかります。
また非常に数が多く、2人がかりで作業しても、午後いっぱい掛かったのでした。

「いやー、めちゃくちゃ時間がかかりましたね。  腰が痛い。」

仕事を終えた猫井川は、腰を伸ばしながら言いました。

「こんなしんどい仕事はきついな。本当にこれは使うのか?」

鼠川も腰を叩きながら、疲れたように言葉を漏らします。

「全くですね。やっぱり捨てるとかになると、今日の作業は無駄になりますね。」

「そうなる可能性が高そうだが。」

「やっぱり、そう思います?」

「まあ、そうだろうな。」

山積みにされた、型枠の残骸を見つめながら、ため息混じりにつぶやきました。

「さて、片付けて飲みに行くか。」

そうして、2人は残骸である木の切れ端をまとめ、倉庫に積み上げて行きました。

ある程度大きさを揃えていくものの、重ねてみると、意外とかさ高になる残骸たち。

あっという間に、2人の背丈よりも高く積み上がっていきました。

残り数枚を残すばかりとなった時です。

猫井川が、背伸びしても届かなくなった山の上に、木片を投げました。

木片は弧を描き、山の頂上に届きましたが、上に載ったのは、体の半分。
体半分では、安定せず、宙に浮く体半分が地にひっぱられ崩れてきました。
さらに、1人では心寂しいのか、何枚かの木片を道連れにして落ちてきたのでした。

木片の一群は、猫井川に襲ってきます。

一瞬の出来事でした。
しかし咄嗟の判断あったのか、自然と体が動いたのか、電光石火のようにバックステップを踏み、猫井川は木片との衝突を避けたのでした。

ガラガラガラ。

乾いた音を立て、数枚の木片が床を跳ねました。

「今のは危なかったな。」

近くで、固まったように立つ鼠川が言いました。

「ええ、焦りました。」

今になって、早鐘を打つ鼓動を感じながら、猫井川は答えました。

「うまく避けたな。そういうのだけ成長していくな。」

呆れながら、そう言う鼠川に、猫井川は苦笑いをするばかりでした。

「そういえば、ワシと嫁さんの出会いも、今みたいな感じだったよ。」

「何ですか、それ?ちょっとしたドラマみたいじゃないですか。」

「そりゃ、この年で結婚するくらいだから、それ相応のことがあるわい。  
 いいか、猫井川。恋は落ちるもんじゃなくて、落ちてくるもんなんだぞ。  
 まあ、飲みに行って聞かせてやるよ。」

「何ですか、それ!めちゃくちゃ格好いいじゃないですか。
 鼠川さんらしくない。
 それじゃ、早いこと片付けて、しまいましょうか。」

猫井川は、先ほど自分を襲ってきた木片を拾い上げ、再度積み上げました。

積み上げた木片は、落ちてこないように囲いを付け、その日の作業を終えたのでした。

「それじゃ、鼠川さん飲みに行きましょうか!」

index_arrow ヒヤリ・ハットの補足と解説

今回のヒヤリ・ハットは、頭上から物が落ちてくる危機、つまり飛来・落下のケースです。

工事現場などでは、ほとんど全てと言っていいほどヘルメットを着用します。 ヘルメットは頭を保護するものですが、保護できるものには限界があります。

重さが1キロ、2キロのものが落ちてきたとしたら、その衝撃は首などにも及び、頚椎捻挫などの起こしかねません。

ヘルメットはせいぜいちょっとしたボルト・ナットの落下や、鴨居などに頭をぶつけても平気になる程度です。

また通常のヘルメットはヒサシがあるので、頭上が見えにくいです。 ヒサシ部分が透明で、上方が見えやすいものもありますが、視界良好とまではいかないのが、実状でしょう。

しかしながら、材料や工具が上に下にと散在しているのが、工事現場です。 作業終了時には片付けるものの、作業中は工具はその場に置いているということもしばしばです。

大きな事故になるならないはともかく、常に頭上注意状態と言えます。

今回の猫井川の行動は、自ら落下物を招いてしまいました。 しかし、ちょっと身長より上の場所であれば、物を放り投げてしまいますよね。

放り投げるものと、手で持って置くのとでは、安定度が違います。

残念ながら、放り投げた場合の安定度は、非常に悪いことが多いのです。

怪我に至らなかったのは、猫井川の磨かれた危機回避能力でしょう。 日頃のヒヤリ・ハット体験が活きたのかもしれませんね。

もし怪我などしようものなら、次回に続く鼠川の馴れ初めの話を聞けずじまいだったはずです。

それでは、今回のヒヤリ・ハットをまとめます。

ヒヤリハット 積み上げた木材の上に、木片を放り投げたら、崩れ落ちてきた。
対策 1.崩れる高さまで、物を積まない。
2.木片などを積み上げる際は、囲いを付けるなど、崩れたり落ちたりしないようにする。

木材に限らず、積み重ねて保管するものはあるでしょうが、崩れ落ちないようにすることが大切です。 しかも後から囲いや縛るのではなく、先に対策してから、積み上げるのが安心ですね。

さて、今回は猫井川と鼠川の会話がほとんどでした。 次回は、鼠川と若いスペイン人妻との馴れ初めがメインになりそうです。

恋は落ちるものではなく、落ちてくるもの。 鼠川夫妻の出会いは、まさに落ちてくるものだそうです。
この台詞を言った時の鼠川は、さぞドヤ顔だったでしょうね。

もう還暦を過ぎた御仁の恋の話など、需要があるのかないのか分からないまま、次回に続きます。

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