厚生労働省労働局長登録教習機関
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こんなヒヤリハットがありましたので、対策とともにご紹介したいと思います。
第40話「鼠川、耳順にしてプロポーズを聞き入れる。」 |
目の前にペンキのついたハケが落ちてきたことをきっかけに、店の内装工事を手伝うことになった鼠川チュウ一郎。 その日帰宅すると、早速しまいこんでいた作業服を引っ張り出しました。 「またこれを着ることになるとはな。」 何となく処分できずに、クローゼットの奥にしまい込まれた作業服の上下。 作業服に袖を通すと、 「よし、体型は変わっていないな。」 少しホッとして、ハンガーに掛けたのでした。 作業服の確認が終わると、次は道具を揃えます。 メジャーハンマー、ドライバー、ペンチなど、長年使い込んできた道具を1つずつ胴ベルトに収めていきます。 現役の時の準備完了。 鼠川は毎日をぼんやり過ごす男から、仕事の男へと様を変えたのでした。 翌日。 鼠川は、昨日準備した作業服や道具を持ち、自分の「現場」に向かっていきました。 「おはよう。今日からよろしく!」 店に到着すると、ごそごそと準備を始めている親父さんとラータに声をかけました。 「おはよう。えーっと、そご?そごうぉ?」 ラータは、どうも鼠川(そがわ)の名前は言いづらいようです。 「ソガワな。」 鼠川は、改めて自分の苗字を言います。 「そぐぁうぉ?」 やはり言いづらそうな、ラータ。 「ソ・ガ・ワ。うーん、言いづらいか。 言いづらい苗字の代わりに、名前をもじって言ってくれるように伝えると、 「チュウね! こっちのほうがいい!」 ラータも、言いやすそうです。 親父さんも、「チュウ。チュウ。」とにこやかに、鼠川の名前を繰り返していました。 「それじゃ、チュウよろしくね!」 3人は改めて、がっちりと握手し、作業を始めるのでした。 「ところで、店は何の料理屋さんなんだ?」 まずは、最初の段階からの確認が必要なようです。 「そうね。ここはスペイン料理よ。」 「なるほど。スペイン料理か。食べたことないな。」 「こんど、食べさせてあげる。」 ラータがそう言うと、親父さんもウインクしてきました。 「それは、楽しみだな。 で、どんなお店にしたいとかはあるのか?」 鼠川が、店作りについて聞いてみると、 「うーん、明るいお店にしたい。 でも、お金ないから。」 「明るい感じね。設計図、うーん何かこんな感じとかいう絵とかはあるのか?」 「あ、あるよ。見て見て!」 ラータがスケッチブックを引っ張り出し、鼠川に見せました。 「ほう~。これはうまいな。 あんたが描いたのかい?きれいなもんだ。」 絵を褒められて、ラータはちょっと上機嫌です。 「でしょ?私は絵を描くのが好きなの。」 「なるほど、それで看板も描いていたんだな。 「そうなの。パパも頑張ってるけど、うまくいかなくて。」 ラータがそう言うと、親父さんも少ししょんぼりした様子。 「だろうな。うむむ。 この絵の通りはお金がかかるから、少しチェンジおーけー?」 なぜか、そこだけ英語の鼠川。 しかしラータは、それを聞くと、 「おーけー。チュウができそうな感じでやって。」 笑顔で答えました。 「よし、それじゃ。知恵を絞るか。」 鼠川はやる気を出しました。 「ちえをしぼるって何?」 ラータが首をかしげながら聞くと、あたたと出鼻をくじかれしまう気がしたのでした。 さて、まずは設計図を作ることから! 慣れた様子で室内の寸法を測り始めます。 ラータたちは何をするでもなく、見守るしかありません。 長い壁の長さを測っている時、延ばしたメジャーが折れ曲がる様子を見て、ラータが端を持ち、固定しました。 「お手伝いなら、いってね。」 「ああ、すまん。頼むよ。」 そう言うと、その後は手伝ってもらいながら、あちこちの長さを測っていったのでした。 寸法を測ったら、ラータの絵と照らし合わせ、大まかな設計図を書いていきます。 机に向かう、鼠川は真剣な眼差しで、線を引いていきます。 しばらくすると、だいたいの図が完成しました。 大雑把な平面図と、配置図です。 「こんな感じだと思うんだが、どうだろう?」 図を見せながら、2人に尋ねます。 ラータと親父さんは、その図を見ながら、 「すごいね!チュウ。よくわからないけど、私の絵のようにしてくれたのね。」 よく分からないものの、満足そうです。 親父さんも、満足そうです。 「まあ、分かりづらいかもな。 続けて、 「あんたたちが今までやってきたのもあるから、それを元に材料を買い足して、やっていくか。 そう説明する鼠川。 それから、鼠川やラータたちは材料買い、仕事をやっていきました。 1日の仕事が終わると、親父さんに誘われ、一緒に酒を飲む日々。 毎日、鼠川と一緒に仕事するうちに、ラータも親父さんも鼠川という人間に心惹かれていったのでした。 作業を行っていたある日のこと。 その日は、床材の張り付けをしていました。 「こうやって、クギを打っていってくれ。 いいか、ラータ?」 「わかったわ。」 作業内容を説明すると、それぞれの仕事に向かいました。 トントントンと小気味よく、クギを打つ音が響きます。 「あ、間違えた。」 ラータがクギを打つ場所を間違え、さらに板材を割ってしまいました。 「うーん、これはもういいや。 ラータはクギが刺さった板を、脇に置くと、別の板にクギを打ち付けました。 しばらくすると、ラータは手持ちのクギがなくなったことに気づきました。 「チュウ。クギちょうだい。」 鼠川に言いました。 「ああ、持って行くよ。」 鼠川が答えると、 「いいよ。とりにいく。」 ラータが立ち上がり、歩き出した時でした。 急に勢いよく立ち上がったので、少し立ちくらみが起きました。 しかし倒れた先には、先ほど脇においたクギが突き出た板があります。 やばい! そう思った時でした。 ガシッと、自分の体が支えられたのを感じました。 顔を上げると、そこには汗をかいた鼠川の顔がありました。 「気をつけろよ。」 鼠川はそう言うと、ラータをしっかり立たせ、落ちていた木の板を片付けたのでした。 「クギはここに置いとくからな。」 そう言うと、鼠川はまた自分の仕事に戻って行きました。 ラータはドキドキが止まりません。 ラータの中で、何か説明のつかないもやもやが生まれたのでした。 仕事は鼠川主導で、どんどん進みます。 ラータは鼠川に対し、今までとは違うモヤモヤを心の中に抱えながら、作業を手伝っていきました。 鼠川が仕事をはじめてから、しばらくが経ちました。 もうほとんど店は完成に近づきました。 「ようやく、ここまで出来たな。 久々の現場仕事に満足気な鼠川が言いました。 「チュウのおかげよ。ありがとう。 ラータもにこやかに言います。 親父さんも満足げです。 「はは、とりあえずワシの役目はやりきった感じだな。 そう言うと、鼠川は仕事を終えて帰って行きました。 その日の夜。 鼠川のもとに、田舎から急な連絡がありました。 お世話になった親戚ですので、明日の朝一番に出なければなりません。 明日は仕事を休もうと思ったのですが、あいにく連絡先を聞いていません。 「参ったな。明日の朝一番に出なければならないのに、連絡先が分からんな。 そう考え、明日の準備をして、眠りにつきました。 翌朝、まだ暗いうちに家を出ると、駅に行く前に店に向かいました 「『親戚の通夜と葬儀のため、留守にします。あとは2人でも大丈夫だろうから、まかせた。がんばれ!』っと、これでいいかな。 よしこうしよう。 『とおくへいく。きょうからこれない。がんばれ! チュウ』っと、これなら分かるかな。」 こんなメモを残し、出発したのでした。 親戚の通夜と葬儀を終え、初七日を済ませた鼠川は、数日ぶりに帰ってきました。 やはり気になるのが、お店のこと。 「あれから何日も経ってるから、もう完成してるだろうな。」 そんなことを思いながら店に行くと、完成どころか、出発した時から全然変わっていません。 「どうしたんだ?親父さんが病気にでもなったのか?」 訝しみながら、店の中に入りました。 「いやーすまんすまん。急に来れなくなって。 鼠川がそう言って、中に入ると、 「チュウ!どこに行ってたの!なんで黙っていなくなったの!?」 と、ラータがかなりの剣幕で迫ってきました。 「えっ、えっ」 と、鼠川が戸惑っていると、 「『いなくなる』なんてメッセージ残して来なくなったから、心配したのよ!」 と、泣きながら怒鳴られたのでした。 親父さんも泣いています。 「ん、親戚の葬式で来れないと書いていただろう?」 と、答える鼠川。 「ちがう。そんなの書いてない。かいてたのこれ。」 とラータが、メモを差し出しました。 そのメモには、『とおくへいく。きょうからこれない。がんばれ! チュウ』と書かれていました。 改めて読んでみると、これじゃ失踪するともとれます。 これを読んで、焦った鼠川は、 「あああ、すまんかった。2人にも分かるように、簡単に書いたら、言葉足らずだった。申し訳ない。」 と、頭を下げたのでした。 「チュウは、どこにも行かない?」 ラータが尋ねます。 「ああ。どこも行かない。 鼠川は答えます。 「じゃあ、店ができたらいなくなるの。」 「うーん。店ができたら、もうワシも必要なくなるしな。」 「いや、ずっといてほしい。」 「そりゃ、まあ、飯くらいは食いに来るが。」 「そうじゃなくて、ずっと一緒にいてほしい。」 「ん、どういう意味だそれは?」 「私と結婚して。」 思いもよらぬ、ラータの言葉に、言葉を失う鼠川。 「一緒に仕事してて、チュウのことが好きになっていった。 そう言って、頭を下げるラータ。 (こ、これはプロポーズというやつか?親父さんもそれでいいのか?) 混乱する鼠川。 「ちょ、ちょっと待て。 うろたえながら、答えます。 「年は関係ない。 目をうるませるラータ。その背後で、親父さんも目をうるませて、見つめます。 (親父さん、正気か?) 親父さんの様子に、ますます混乱を深めていきます。 「ちょっと、親父さんはいいのか? そう言うと、親父さんが答えました。 「チュウがいなくなってから、ラータとあちこち探して、話をした。 考えこむ鼠川。 (ワシはもう還暦の年寄りだ。 この親子は好きだ。 できるなら、これからも付き合いをしていきたい。 そうか。 ワシは心に従える歳なのだ。 ならば、この気持に従うもよしかもな。) 何時間にも感じられる沈黙の後、鼠川は口を開きました。 「・・・気持ちは分かった。 鼠川は、気持ちを伝えます。 「チュウの言葉難しい。それはオッケーということ?」 と、ラータが聞きます。 「うむ。オッケー。」 そういった瞬間、 ラータが抱きついてきました。 「ちょ、ちょと、まずは店を完成させることからな。」 あたふたしてしまうのでした。 鼠川チュウ一郎。 この年にして、鼠川は、四半世紀以上離れた娘の言葉を、聞き入れたのでした。」 |
今回は長くなってしまいました。
なぜか、鼠川にプロポーズするラータ。 仕事場のかっこよさもあったのでしょうが、転倒しそうになった時の吊り橋効果もあったのではと思われます。
60過ぎだけど、内装の手伝いをしていたら、嫁ができた。
全く世の中何が起こるか分かりません。
ヒヤリ・ハットの補足と解説 |
今回のヒヤリ・ハットは、転倒です。
つまづいたり、滑ったりと転倒は最も多い事故です。 多くの場合は、痛~で済みますが、場合によっては重症になったり、死亡したりもあるのです。
ちょっと怖いですよね。
今回の話では、転ぶ先に、クギが付いた板がありました。
もし支えられず、転んでいたら、突き刺さっていたかもしれません。
作業場の整理整頓は、こういった別の事故を引き起こすこともあるので、注意が必要です。
それでは、今回は本文が長くなったので、解説はコンパクトにして、ヒヤリ・ハットをまとめます。
ヒヤリハット | 立ちくらみで転倒しそうになった先に、クギつきの板が放置されていた。 |
対策 | 1.材料や工具などは、放置せず、特定の箇所にまとめる。 2.立ち上がる時は、ゆっくりと行い、立ちくらみを防ぐ。 |
年をとってくると、急に立ち上がると頭がくらっとすることもあります。
何気ない動作の中にも、怪我につながるものがあるので、注意する必要がありますね。
ちなみに、「耳順」とは論語に出てくる用語で、60歳のことです。
「人の言うことを逆らわず、素直に聞くことができる」年齢のことを指します。
鼠川は思いもよらぬ、申し出を聞き入れたのでした。
さて、次回は鼠川の結婚シリーズ完結編です。
今明かされる、エスパニョールの謎とは!?