厚生労働省労働局長登録教習機関
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「安全は全てに優先する」
「安全第一」
これらの言葉はよく耳にしたり、目にしたりするでしょう。
もはやこれらの言葉は、業種を超えたスローガン。
仕事をする上での共通認識とも言えます。
私は建設業に携わっていますが、最初の打合せで発注者に言われるのは、
「事故がないように、安全第一で作業を進めてください。」
というものです。
受注者としては、もちろん事故を起こそうなどと考えていません。
安全を確保しつつ、工期内に仕事を終えたいと考えています。
一方で、建設業での死亡事故は、全ての業種でトップです。
平成26年度では、全業種の死亡者数1,057人の内、建設業では377人が亡くなっています。死亡者の約36%が建設業になります。
次いで、製造業の180人、陸上貨物運送事業の132人ですので、突出していると言えます。
平成26年度の事故傾向としては、前年より増加したということがあります。
死亡者数では、平成25年が1,030人でしたので、前年より27人増えました。
建設業だけでも、前年より35人、約10.2%も増えたことになります。
「安全は全てに優先する」ことは分かっていても、心がけていても、事故は減るどころか、微増しているのが現状です。
このように統計で見てしまうと、ちょっと増えただの、減っただのという見え方になります。 しかし、この全ての数字の数だけ、失われた人生があります。 そして、家族を失った人たちがいます。 亡くなられた1、057人全員が、人生を持っていたのだということを覚えておく必要があります。
どうして、建設業で事故は減らないのでしょうか。
安全を実現するため必要なこと |
建設業で事故が多いのには、理由があります。
ぱっと思いつくのでは、こんなところでしょうか。
1)作業場が不特定であり、作業内容もコロコロ変わること。
2)1つの作業場に、数多くの業者が仕事をすること。
3)仕事自体が危険。
4)何かと不足している。
1と2は建設業の特徴ですね。
建設業の多くは、屋外での仕事です。 土木工事は、ありとあらゆる場所が作業場です。街中もあれば、山奥、川の中ということもあります。
1つとて同じ現場はなく、全ての現場に特徴があります。
とは言うものの、全く違うということは少なく、過去に似たパターンの現場経験が活かすことができます。
とはいえ、所変わればなので、パターンにない危険が潜んでたりするのです。
2の1つの作業場に、数多くの業者が仕事をするのも、建設業の特徴ですね。
最近は、製造業でも同じ工場内で、別業者や派遣労働者と一緒に作業することも増えたようですが、建設業は昔からです。
要するに、元請けが受けた仕事を、数多くの下請け業者が行なうというものです。
規模が大きな工事なると、1次下請け、2次下請け、3次、4次と複雑な構成になり、お互いが何をやっているのか、よく分からないこともしばしばです。
元請けはこの複雑な状況をしっかり把握し、業者間の連絡をいかにスムーズにするかが、重要な責務になります。
しかし、会社が違うとコミュニケーションも十分にとれず、知らず知らず危険を及ぼしたり、巻きこまれたりすることもあるのです。
3の仕事自体が危険というのも、建設業の特徴と言えます。
高所で作業する、建設機械が動いている側で作業する。これらは考えてみれば、非常に危険だと言えます。 しかし、建設業では避けられません。 事故が起これば、大きな被害になってしまうのです。
非常に長い前置きになりましたが、4の何かと不足しているが、今回のメインです。
不足しているものは、何か。
思うにそれは、知識と人手、そして費用です。
関係者一丸で安全実現 |
危険を伴う作業において、無知とは非常に高いリスクになります。
もし地上から50メートルもの高い場所で作業するのに、竹ひごで足場を組んでいたら、どれほど恐ろしいことか。 正しい知識は、身を守ることになります。 そのためには、日頃の安全教育が重要です。
また昨今、建設業の人手不足と聞きます。 若い人が少なくなりました。作業者の平均年齢も上がり、高齢化してきました。 建設業の作業は、体力があれば何とかなりますが、実は繊細な技術も必要です。
市場の自由化と不況の影響で、技術者がごそっと減りました。
震災復興やアベノミクスの効果で、需要が増えても、失ったものは元に戻らない。 それが現状です。
そして、費用。
「安全を第一にしてくださいね。」と発注者も元請けは言います。
当然ですが、安全をないがしろにしている業者は、ほとんどありません。
みんな大切さは分かっています。
ただ、予算を割くことができないのです。
みんな安全安全と言う割には、費用面は見てくれません。
そもそも、工事の価格を算出するのに積算というものをします。
材料費や労務費などを合わせて、直接工事費を算出します。
これに、仮設費などの経費を計上します。
最後に、社員の給料なども計上して、工事金額を決め、これで入札に臨みます。
基本は、入札で最も安い金額を提示した業者が、工事を落札します。
総合評価方式などは、金額以外の提案も見ますが、だいたいは入札金額勝負です。
そもそも積算では、安全に関する経費は、直接工事費の8%程度です。
1000万の工事であれば、80万が安全対策費用です。
これが多いか安いかは、一概に言えませんが、そんなものです。
入札では、値の安い所が落札します。
そのため、いかに経費を削るかが、落札するときのポイントです。
現在では、あまりにも低い金額で落札しても、品質が確保できないなどの理由により、下限が設けられています。
だいたい予定価格の80~85%でしょうか。もっと低かったりもあります。
入札は、この下限の読み合いになるわけです。
無事落札出来たとしても、本来価格金額から何割か削減しています。
直接工事費は削れません。
削るのは、経費です。当然、安全対策費用も削減です。
業者が自らこの値段でやると手を上げてるので、業者の責任です。
発注者としては、もともと費用は見込んでたのに、安く取ったのは業者でしょという理屈も分かります。
しかし、ない袖が触れないのも確かです。
この構造は、下請契約でも同様です。
いや、むしろダンピング交渉は苛烈を極めます。
下請けになればなるほど、作業費用で手一杯。
それ以外の経費は無理というのも、確かでしょう。
建設業法第20条等で、下請け契約で、安全費用を一方的に減らすのは禁止されています。
一応、法的には安全対策費用を原価として計上し、確保しなさいとありますが、値段勝負になると、費用を削ったもの勝ちになっています。
下請契約の内訳書で、安全対策の内、誰が何を負担するのかを明確にしなさいと指導があります。
とはいえ、実状は?という感じじゃないでしょうか。
安全経費は、どうして削られやすいのでしょうか?
理由は、実行予算じゃないからです。
材料費や労務費は削れませんが、付加要素の削減は手をつけやすいのでしょう。
また、費用をかけても効果が見えにくいというのもあります。
事故がないことが最大の効果です。
しかし、大した準備をしていなくとも、事故がそうそう起こらないのも事実です。 そんな経験があると、なくてもいいじゃないと思われてしまうのです。
これらは、構造的な問題なので、おいそれと解決できないかもしれません。
本音を言うと、積算の安全対策費を直接工事費に入れたり、経費の%を上げたりできないかなと思うのですが。
足場など明確なものは直接工事費に入るのですが、保護具や教育費などは、経費でしか捻出できません。
「安全、安全」と言うのは簡単です。
しかし、安全対策には、先立つものが必要です。
経費としての安全。 死亡者を減らすためには、発注者、元請け、請負業者が、一丸となって考えなければならない時期に来ているのではないか。
そんなことを、受注者の立場から思うのでした。