○ショートストーリー”猫井川ニャンのHH白書”

兎耳長、脚立の天端より舞い降りる

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こんなヒヤリハットがありましたので、対策とともにご紹介したいと思います。

index_arrow 第45話「兎耳長、脚立の天端より舞い降りる」
犬尾沢をリーダーとするグループは、主に土木工事を行なうので、屋外で作業することが多いです。

兎耳長ピョンは、犬尾沢グループなので、ほとんどの場合、犬尾沢たちと仕事をしています。
しかし、ぼんやりしている雰囲気とは裏腹に、どんなことでも卒なくこなすので、他のグループの助っ人に呼ばれることも多いのでした。

今回、兎耳長は羊井メェの現場に、駆りだされたのでした。

羊井は、2階建てのビル建築工事に行っています。
建物は、鉄筋コンクリート製で、すでに床や壁、天井はできあがっています。
今は内装工事の段階で、室内を塗装することになったのですが、塗装業者から来た人間が少なく、スケジュールが遅れる可能性があったのでした。
そこで、兎耳長も壁の塗装を行うことになったのでした。

兎耳長だけでなく、ちょうど手の開いていた猫井川もついでに、手伝いに行くことになったのでした。

「兎耳長さんと2人って、珍しいですね。」

一緒に現場に向かう時、猫井川は話しかけました。

「うーん、そうだねー」

兎耳長は答えますが、話は続きません。

(会話が続かない・・・  この人、あんまりよく分からないんだよな。)

「そ、そういえば、兎耳長さんは、ボクシングとか柔道とかやってんたんですよね?」

ふと、兎耳長の特異な危機回避を思い出したので、ここぞとばかりに聞いてみました。

「うん。そうだよー」

話が続きません。

「長いことやってたんですか?  他にも何かやってたんですか?」

「まあまあかな。そんなに色んなことをやってないよー。」

・・・これ以上、話を広げていくのに困難さを感じたところで、現場に到着しました。
現場に着くと、羊井が話しかけてきました。

「あ、兎耳長さん。お疲れ様です。
 猫井川も手伝ってくれるんだな。」

明るく話しかけてきます。

「おはようございます。今日はよろしくお願いします。」

猫井川も挨拶を返しました。 兎耳長は、何となく、猫井川の挨拶に語尾を合わせた感じで挨拶をします。

「今日は、1階の壁の塗装をお願いします。
 脚立足場はあるので、それを使って上の方は塗っていってください。
 塗料は、塗装屋さんが混ぜてくれてるので、2人は塗ることに専念してもらったら。

 とりあえず、今日終わらせないと、明日から別の内装屋さんが入ってくるから、急いでるんですよ。」

羊井はてきぱきと作業の指示を行いました。 早速、2人は塗料が付いてもいいようにヤッケを着て、作業の準備を行っていきます。

室内には、脚立を2脚並べ、両方の1段目の間に踏み板を通して固定した、脚立足場がありました。

「おーい、猫井川。むら無く濡れよ。
 兎耳長さんは上手いから、教えてもらえ。」

自分の作業場に戻りがけに、羊井は声をかけました。
羊井の人柄からか、全く皮肉めいた感じはありません。

「分かりましたー。」

猫井川も、普通に返事をして、しっかりと塗料缶とローラーを手にしたのでした。

「兎耳長さん、どこからやって行きますか?」

猫井川は、塗装作業の経験はないので、兎耳長の指示で動くことにしました。

「そうだねー。一番奥の壁からやっていこう。
 猫井川くんは、下の方からやっていって。俺は脚立足場で上からやってくよ。」

「わかりました。」

兎耳長の指示で、奥の壁を上下に分かれて作業を始めました。

塗料管にローラーを入れ、ザーッと塗る。 初心者仕事だからか、濃淡がありそうな気がします。

「兎耳長さん、むら無く塗るのはどうしたらいいですか?」

「そうだねー。とりあえず、塗り残しだけないようにしておけばいいんじゃない。
 後で見て、直すとこは直すから。」

ふと、兎耳長の塗装後を見ると、見事なまでに均一で、塗り残しも、厚く塗られているところもなさそうでした。 本業の塗装屋さんより、きれいに塗られているように見えました。

「何かコツはあるんですか?」

その見事な塗装を見て、猫井川は聞きます。

「うーん。カンかな。」

何とも要領を得ない答え。 はぐらかされているのか、何なのかよく分かりません。

2人は言葉少なに、作業を進め、1つの区画が終わると、脚立足場を移動させ、次の区画に移っていくのでした。

次の区画に脚立足場を移動させた時でした。
脚立に上った兎耳長が、先ほどまで塗っていた場所をじっと見つめます。

「どうしたんですか?」

そんな様子に猫井川が聞きます。

「うーん。ちょっと塗り残しが。」

兎耳長は答えます。 猫井川も、兎耳長が見ている場所をじっと見つめますが、全く分かりません。

「全然分かりませんけど。ちゃんと塗れてるんじゃないですか。」

「いや、ほんの2ミリだけ、塗り残しがある。」

そう言われても、猫井川にはさっぱり分かりません。

兎耳長は、脚立足場の端に立ち、横に体を乗り出し、ぐっとハケを持った手を伸ばしました。

「危ないですって。一度降りて、脚立動かしましょうよ。」

そんな兎耳長の危うい様子にたまりかねて、言いました。

「だ、大丈夫。もうちょっと。」

兎耳長がさらに前のめりになり、手を伸ばした時でした。

乗っていた足場がぐらりと動き、後ろに傾いていきました。
兎耳長の体もバランスを崩し、前のめり倒れ、足場から落ちそうになっています。

猫井川が、危ない!と思った時でした。

ガシャーンと大きな音を立てて、後方に倒れた脚立足場は倒れました。
兎耳長も落ちた・・・と思いきや、海耳長は脚立とともに横倒しになっている踏み板の上に立っていたのでした。

「なんでー!?」

猫井川には何が起こったのかさっぱり分かりません。
しかし、兎耳長は、幅が5センチ程しかない踏み板の上で、平気そうな顔をしています。

「何かありました?」

脚立が倒れた時の大きな音を心配して、羊井が顔を出しました。
兎耳長の様子を見て、羊井はにやりとしました。

「やりますね。兎耳長さん。大丈夫でした?」

「うん。サーカスの時のことを考えたら、これくらい余裕。」

「そうですか。気をつけてくださいね。」

そう言うと、羊井は去って行きました。

(サーカス?!)
(何で羊井さんは、突っ込まないの?さらっと流すの?)

猫井川の頭の中は、新情報やら羊井の態度で小パニックです。

「さ、サーカスにいたんですか?」

恐る恐る、猫井川が聞きます。

「うん、昔ちょっとね。」

「いつ?どれくらいいたんですか?」

「うん、まあまあね。」

これ以上、引き出すのは難しそうでした。 2人で、脚立を起こし、またしっかりと踏み板を固定しました。

作業を再開しようとした時、兎耳長が急に落ち込んだ様子になっていることに気づきました。

「どうしたんですか?」

猫井川が聞きます。

「うん。さっき倒れた時、塗料を2滴落としてしまった。」

なんとも謎の理由で落ち込んでいたのでした。

「2滴ですか。十分すごいですよ。」

猫井川は、声をかけますが、それに対して兎耳長は、

「衰えたよ。」

と答えたきりでした。

作業後、猫井川は羊井に聞きました。

「なぜ、兎耳長さんがサーカスやってたとか言ってたのに、それ以上聞かなかったんですか?  普通突っ込むと思うんですけど。」

それに対して、羊井は。

「まあ、いつものことだしね。  突っ込んでいたら、キリがないよ。」

と、笑いながら答えたのでした。

index_arrow ヒヤリ・ハットの補足と解説

謎が深まる兎耳長。 一体いくつもの過去を持つのでしょうか。
エピソードのたびに、謎のスキルが加わり、それらを十分に危機回避に活かすマルチっぷりを発揮しています。

羊井によると、もっと何か持ってそうな雰囲気です。

残念なことに、事が起こってからの回避に役立ちますが、事を起こさない方面には活かせていません。
そのあたりが、兎耳長らしいところかもしれません。

さて、今回のヒヤリ・ハットは脚立足場からの転落です。

脚立足場とは、こういったものです。

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脚立と脚立の間に踏み板を掛けて、左右に動けるようにしています。

これに似たもので、脚立の天端を長く延ばした作業台というのもあります。

脚立足場は、せいぜい高さが2メートル程度の低い場所で使われます。
しかし壁つなぎなどの固定がないため、鋼管足場などに比べ不安定です。
手すりなどの墜落防止もありません。

兎耳長のように、足場から体を乗り出すと、バランスを崩してしまいます。

脚立作業をしていたら、めいっぱい手を伸ばせば届きそうな範囲であれば、わざわざ脚立から降り、動かしてという手間を惜しんでしまいます。

なんとかこの場で、やってしまいたい。

気持ちは非常にわかります。
しかし、不安定な場所では、これが危険だったりするのです。

兎耳長ならともかく、普通であれば、転落し体を打ちつけます。
塗料も2滴どころではないでしょう。確実に全部こぼしてしまいます。

ほんの少しの横着が、大怪我になることもあるのが、今回のヒヤリ・ハットなのでした。

それでは、ヒヤリ・ハットをまとめます。

ヒヤリハット 脚立足場から身を乗り出したら、脚立が倒れ、転落した。
対策 1.足場の範囲から、身を乗り出さない。
2.身を乗り出してしまう場合は、脚立を移動させる。

これくらいなら平気だろうと思っていても、案外当てが外れることもあります。
経験的に大丈夫というのは、あまり根拠になりません。

2メートルの高さであっても、打ち所が悪ければ、大怪我になります。
地に足をつけていない作業は、注意が必要ですね。

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