戦後、日本はしばらくの間GHQの占領下にありました。
この状態は、1951年のサンフランシスコ平和条約の調印まで続き、これを機に日本は主権を取り戻します。
調印には、当時の首相だった吉田茂が参加し、演説を行いました。
この演説は、日本語で行なわれました。
しかし、直前まで英語で行うという案があったそうです。
英語から日本語に変更になった背景に、吉田茂のブレーンであった白洲次郎の意見があったとされています。
(なお、アメリカが「日本の尊厳のため、母国語ですべし」というアドバイスがあったとも言われています。)
白洲次郎は、戦前から戦後にかけて、型破りな人でした。
私が白洲さんのことを知ったのは、かなり昔になりますが「たけし・さんまの○○人伝説」というテレビの特番でした。
当時も型破りでかっこいい人という印象を持ちましたが、その後は著作に触れることもありませんでした。
むしろ奥様である白洲正子さんの「西行」などの著作の方の方が馴染みがあったくらいです。
最近になって、白洲次郎さんのことに興味が出てきました。
きっかけは、「本物の知性を磨く 社会人のリベラルアーツ」という本を読んだところ、欧米では「プリンシプル」を重視するという章があったのです。
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「プリンシプル」とは、原則・原則です。
法を遵守する精神といえます。
欧米人はこのプリンシプルを重視します。
その結果、途上国で仕事をした時、
「イギリス人は嫌われるが尊敬される。日本人は好かれるが尊敬されない。」
という評価になるとのことです。
「プリンシプル(原理・原則)」を固辞すると、融通が効かなくなります。
そのため、些細な違反も見逃しません。法の執行を徹底するということです。
頭の固い奴と思われてしまいます。
しかし、厳しいけど、筋は通っているといえます。
一方、「プリンシプル」が緩いと、状況や人に流されます。
違反も同情心で軽減したり、見過ごしたりすることもあります。
ある種、ナアナアの関係になります。
優しいけれども、優柔不断。
そんな見方もできます。
さて、日本人はどうかというと、後者の傾向が強いですね。
何かと曖昧にする傾向が強いのではないでしょうか。
白洲次郎さんも「プリンシプルのない日本」という本を著すくらい、このことを指摘していました。
白洲さんの主張の背景には、イギリス留学があります。そこでプリンシプルという精神を身につけたのでしょう。
白洲さんは、プリンシプルを「筋」や「武士の一分」と表現されています。
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日本国憲法などを、アメリカにおもねった軽佻浮薄なご都合主義で決めるのではなく、日本国として筋を通す必要性を主張しています。
「プリンシプル」とは、しっかりした軸であり、状況や人に左右されない価値観ともいえます。
しかし「プリンシプル」を通すと、何となく人間関係がギクシャクする感じがします。特に日本では、正しさは時として反発を招いてしまいます。
私も何が何でも「プリンシプル」を通すことが大事とは言えません。
というより、私自身の軸がフラフラしている始末。何を偉そうなことが言えようかです。
しかしそんなフラフラの軸でも、固守すべき「プリンシプル」があります。
それは自分の仕事においては「労災で命を落とさない、落とさせない」ということです。
白洲さんの著作と相まって、強くそう考えるようになったのは、最近「職長・安全衛生管理者教育」のテキストを読んでいたからです。
このテキストは、職長教育で使用されるものですので、職長さんは見たことがあるのではないでしょうか。
なぜそれを読んでいたかは、まあ仕事柄です。
職長のテキストの中に、「安全施工サイクル」という章があります。
安全施工サイクルは日常で繰り返す安全活動のことです。サイクルには、朝礼や安全ミーティングなどがありますが、その中に「作業場巡視」というものがあります。
「作業場巡視」の項目を読んでいた時、「プリンシプル」という言葉が浮かんできたのです。
私自身が、安全パトロールなどで巡視をすることからも、この言葉が引っかかったのかもしれません。
巡視で「プリンシプル(原理・原則)」、「筋を通す」とは。
それは、不安全な状態、不安全な行動を直ちに伝えることでしょう。
是正指示をすると、場合によって嫌な顔をされたり、反発を受けたりすることもあります。
しかし、それはよくよく考えると私事に過ぎない、私がどう感じるかという話でしかないのではと思うのです。
パトロールの時のポイントで法令違反のチェックがあります。
法令違反が、人の顔色を見て、意見を主張したり引っ込めたりは、「プリンシプル」があるとは言えません。
法令には非常に細かいこともあるのは確かです。現場の意見として、そんなの守っていたら仕事に支障がという意見もよく聞きます。
法令違反は違反として、指摘する。パトロール員としての筋です。
そしてもう1つ外せないのが、命に関わるもの、大怪我につながる危険は全て摘むこと、ですね。
こちらについては、場合によっては法令より過大な措置になるのですが、命が大事だから、譲らないぞと思うわけです。
私のような外部パトロールは、甘さがないことがサービスみたいなところがあります。
書類の不備くらいは、まあいいやと思ったりもあるんですけど、改めて「プリンシプル」は重要だなと思った次第です。
今回は最近読んだ幾つかの本から、感じたものを書いてみました。